おたじ 〜Raod of Otaku/OTAku oyaJI is No Dead!〜
オタクモノ
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昨今、古本屋なんてのはあんまし流行らないらしく、神田神保町なんかも閑古鳥の巣と成り果てて久しいという話も漏れ聞く。
そのあんまり流行らない古書の、新刊にはない魅力ってのは何かちゅーと、値段ってのはある。それから新刊本屋ではまずお目にかかれない妙な本がたまさか入手できるってのもある。警察学校の容疑者尋問の教科書なんてのは、一般人は古書でしか入手できないだろう。そんなん売りに出すなよと言いたいが。戦前の児童書で『愛と光の戦士』なんてのをどんな戦記モノかと思って買ったらシュヴァイツァー博士の伝記だったのにひっくり返ったなんてこともあった。いや間違っちゃおらんとは思うがな。
こういう実用的な魅力ももちろんもう一つ、古書にはそれ自体にドラマがあったりする場合があるってーのがある。
古書ってのは当然、以前の持ち主がいるわけで、その持ち主の生活やらが本からにじんでくる事ってのがある。コバルト文庫にしおり代わりにはさんであった紙とかになんか可愛い字でメモが書いてあったりすると、そこはかとなく萌えたりするし、超能力鍛錬のトンデモ系の本に丹念に赤ラインが引いてあったりすると元の持ち主に幸多かれと祈らずにはいられない。
まあそんなこんなで、先日もブックオフなんぞを徘徊してたりすると児童書のコーナーで、特撮関係の割と珍しいムックを見つけた。専門書店に行くと3000円からするようなプレミア本が100円単位で出てるのを見てあわてて手にとって棚をよく見ると同時期の特撮関係のグラフ本が尋常でない量並んでいた。薄手の児童向きムックでほぼブックオフの棚一段の半分ほど、といったらだいたい想像がつくであろうか。
こういう場合、嬉しいとかそういう感情よりも先に、一体元の持ち主にどんな事情があってこの膨大なコレクションを手放したのか、ちゅー事が浮かんでくる。
よくあるのが、結婚での嫁バレを防ぐために泣く泣く、である。いっぺんヤフオクでKanon関係のプレミアグッズを10万円分出品してるのを見たことがあるがアレなんかはそうなんだろうな、と思う。でも並んでる本の年代から言って、その当時からマニアってると間違いなく30越えてるんであんまり考えられない。というわけで、こういう場合結構不吉な想像が駆け巡ったりする。
こんなんはまだ(笑)な話だが、以前古書市で60年代のSFのマニアックなところがズラっと並んでるのを手に取ったら、どれもこれも中に当時の新聞の書評がはさまっててしかも、丁寧に自分の感想のメモまであって、これはさすがに彼岸に持って行けなかったコレクションだった可能性が高そうで、ほしいもんもあったんだが今ひとつ手が出なかった。夢枕に立ちそうだし。
まあ確かに遺族にしてみりゃ本なんて場所塞ぎなモノを家中に残しておきたかないって気持ちになるだろうけど、故人がコレクターだったら絶対成仏できないような気がする。『せめてまんだらけに売れ』とか言いたくもなるんじゃないのか。『ブックオフにゃ売るな』とかな。ヤな夢枕である。
人生そろそろ残った年数を数えたほうが早いような歳になると、夜中にふっと明日死んだらどうなるんだろう、と思うことがある。まあ仕事なんざは誰かがどうにかしてくれるもんだからかまわんけど、やっぱりこの身の回りのモロモロがどうなるのか、というのが気にかかったりする。いや売るなとは言わないがせめてちゃんとした値で買い取ってくれるとこに持ち込んで欲しい、とか思う。
あ、一緒に燃やすってのだけは勘弁な。何か昔ゴッホのひまわりを一緒に燃やせ、とか言ってた金満オヤジがいたがコレクターの風上にも置けねえ。だってそんなことしたら、誰にもコレクションの自慢ができなくなるじゃんなあ。それこそコレクターの生きた証なのにねえ。
たとえハピレスとシスプリのエロ同人誌コレクションだったとしても。
難儀な生きた証だがな。
その昔、神田神保町のそのスヂの紙モノを扱ってる書店の店頭に『XX(女性名)ちゃんへ』と書かれた声優さんのサイン色紙が大量に出回ったことがあったそうな。その一時期、神田あたりを徘徊してるマニアの挨拶が『知ってる?XXちゃん結婚したんだって』になったとかいう事があったらしい。
カタギにちゃんと戻れたであろうかXXちゃん。ふと気づいたら娘が浜崎じゃないほうのあゆあゆのイラ書いてたりしないか。そうだったらたぶんソレは残留思念のなせるワザかもしれぬ。
ちゅうわけでとりあえずやっとCLAMPの『ちょびっつ』ノーマル版入手した。マウスパッド付き出たころオレはと言えば夢で枯野を駆け巡ってたりしてたわけで新しいヤンマガ見たら何か次の巻でも初回限定版出すとかでオレにまた入院しろといいますか(錯乱)。
まあ本ってのは珍しいがゲームソフトには時計やらオルゴールやら設定資料やらのついた初回限定ってのは結構あたりまえになってきてる。こないだも妹ボイス時計とか出たばっかりだし。
初回限定付きモノってのは、メーカーにすれば確実に本数がハける、ってのが大きいだろう。メインターゲットのオタクてのは元々コレクター気質だからとりあえず珍しいブツがほしい、って物欲はモリモリあるわけで、まあこーいうおいしい市場を狙うなってのは無理な相談であろう。
ただ、この初回限定、ツボにハマって売れればいいが、そうでないとショップの棚にホコリにまみれた屍をさらしてそれはそれは哀しい事になる。
近年で思い出深いのは、PS版の『同級生2』であろう。内容はキャラフィギュア12人分で、内容的にはそう悪いもんじゃなかったんだが発売後2年くらいを経てなお棚にサラシモノになってるケースがままあった。とりあえずあまりにも巨大なパッケージが敗因のひとつであろうかと思われる。完全に梱包されていないアレを持って電車とかに乗れるのは相当な胆力が必要だと思うのだが。モノには程度ってもんがあるちゅー事を考えなかったのだろうか。
このむやみにでけえパッケージ繋がりだと最近だとラブひなとか女神さまとかCCさくらとかが代表例だがよく見たら全部講談社=セガのラインじゃん。何かフロイト的に思うところあるのか。『ちょびっつ』のゲーム化なんかがあると人型のゲーム機本体とか付いてきそうですんげえ怖いぞ。ちなみに『女神さま』と『さくら』は田舎のショップでずんだれてるのをよく見かけます。
それから初回限定出したのはいーんだけど2度と再販されなかったりするちゅーのもかなり哀しい。セチグラなんかワゴンセールの常連になっててよりいっそうナニだが、他にも実は悠久幻想曲の1なんかも初回限定のパッケージだったりする。こーいうのは2版以降どうするつもりだったのかは永遠の謎となってしまっているのが諸行無常である。
その他限定のオマケが需要とあってなかった、というか何で付属フィギュアが一番人気の乃絵美じゃねえんだワンダースワンのWith Youとか、手を出すのにかなり勇気がいるぞレースクィーンリカちゃんつきチョロQとか、最近だとこないだ出たアイシアとかZOEとかも残りがちだったりするとか、まあ何でもオタクが飛びつくと思ったら大間違いとかいうのはそろそろ各企画営業担当者とヤフオク転売野郎諸氏は理解したほうが損がなくていいと思うな。
ちなみに、今まで買った初回限定版で一番うれしかったのはPSの『ごちゃちる』であろうか。いやパンドラMAXシリーズの攻略本つー大変有り難いモノが付属してるんすよこれが。雑誌にゃ攻略とか載らないんですげえ重宝するです。猛烈に邪魔くさいボックスが難点だけどな。
何か本物のマルチができたそうな、ちゅーてもとうとうっていうか必然っていうかリリースされた1/1フィギュアである。
この手は確か最初はペーパームーンの綾波あたりだったと思うが、その後ルリルリやらときメモやらがリリースされ、キャラグッズのラインとして確立した。これとは別に1/1のドールって世界もあって、20世紀末の素材工学の発達を反映して非常に精緻なモノがリーズナブル(っても数十万円代だが)な価格で出回ってるみたいである。これも20世紀文明のひとつの成果なんであろうなあ。素材工学の関係者イヤがりそうだが。
この1/1モノってブツ、数あるオタク趣味の中でも極北にあたるもののひとつであろう。ある一定の年齢を過ぎた男性の実物大の女性人形との生活、というシチュエーションが喚起するイメージはあまり芳しくないちゅーか、最も好意的なものでも社会不適格者、一歩間違えば金田一君な猟奇殺人者つーところではあろう。
けど、基本的にこの手に心底耽溺してる趣味者なんてのは(まあアニメフィギュア系とリアルタイプ系のドールでは『同居人』のスタンスなんかもちょっとは違ってくるものだろうとは思うのだが)、現実の女なんつーしちめんどうくさくて汚らわしい物体には金輪際興味はなかろうからそのへんのおかしな中学校教師とかよりは余程安全な存在であろう、とか思うのだが心の狭いフツーの人には中々理解でき難いモノではあろうな。
とはいえオレも知り合いの部屋にあったら猛烈に引くと思う。すいませんオレも心狭くてカッコ悪いです。
まあそのへんはいいとして実はこの等身大ドール&フィギュアって多分一番困るのは同居人が永遠の旅に出てしまった時なんでないのか。当然同居人は黄泉の旅路への同行を願うだろうが、こんなデケえものを収められる墓所は日本にはそうそうなかろう。荼毘に伏そうにもこの環境問題のうるさい折、ケミカル素材の塊である等身大の物体を一緒に燃やすのってすげえ嫌がられそうである。まあそういう問題はあるにしろ、幸いにもあの世への同衾が叶えられれば後に残された常識的な一般市民たる遺族も後腐れなくてベストであろう。
問題はこっちに残っちゃった時である。一般的な倫理宗教観から言って故人の情念その他を吸い込んでいそうな『実物大の人型の構造物』を何の躊躇も無く廃棄できるものなのであろうか。『生き人形』にまつわる様々な都市伝説が膾炙してる事を鑑みても潜在意識下の宗教的な縛りってのは実は意外と大きそうではある。最終的には粗大ゴミとして始末してしまうしかないと思うのだが、それをやった時、後味の悪さを感じることになるんだろうな。
でもこの後味の悪さってのが実は『人型のモノ』に関して「心」とか「魂」を読み取ってるつー事であって、そーいう意味で実はドールの愛好家たちと、それに対する(と自分達は信じている)常識的な人々のメンタリティてのは案外近しいのだ。
これから先いつの日か、泣き、笑い、はわわぁ〜〜〜すびばせん!とか喋る『本物のマルチ』ができたとしよう。主である「ひろゆきさん」は当然いつかは天に召される。その時我々は彼女のメモリをリセットできるんだろうか。単なる物質に過ぎないドールにすら心や魂のありかを求めてしまう我々が、果たして擬似とはいえ、自我を持った物体を消去することに平安でいられるのだろうか。
20年前の宇宙世紀0079、ア・バオア・クーの戦場でつぶやかれた言葉「人間は逆立ちしたって神様にはなれない」「人がそんなに変われるわけない」。新世紀の変わり目に、とりあえずこの言葉を噛み締めてみたいような気がする。
久々のモノレポート。
まずタカラのプライズ「北へ・・・」フィギュア。とりあえず琴梨ゲット。さすがにタカラらしく布製の衣装はいいデキ。かなりブリスターにキチキチに詰まってるのにシワになってない。頭部はNOCCHI氏のキャラデザよりもゲーム画面寄りか。ソックスが別パーツになってて履かせるのにちょっとドキドキ(大馬鹿)。
とゆーまっとうな部分のレビューはさておき、何故下着に謎の縦ジワが入ってますか。なんちゅーか春も夏も秋も冬もランララランである。
でも夏なんで「ラブひな0」。『ラブひな』の公式設定資料集。この手は作ってる側が過度にはしゃぐと大変サムくなるといういい見本。納涼にオススメ。ところで『ラブひな』取材のため休載、ってやはり取材って露天風呂覗きとかですか。
つうわけで本つながり。フランス書院文庫「妹 美咲(みさき)」。内容は当然実の妹とアレしちゃう話。トゥルラーは買ってレッツ妄想だ。
もひとつ書店モノで、小学館がシールブックを出してるんだが、これのラインナップが「デジモン」「サイボーグクロちゃん」ときて第三弾が「サイバラ」。。いや、いいんだが実はコレ児童書なんである。史上最強の児童書かもしれづ。
まあ事情はわかるがギャップがなあ。事情を知らないおばーちゃんとかが孫に買って帰らないことを祈る。
そーいや来週はセンチ2かぁ・・・。
バンダイの新作ガシャのウルトラマンを回してみた。
あいかわらずよくできた造型でウルトラマンナイスなんか、腰に手をあてたポーズなんだけど、当てた手で着ぐるみにシワができている、というところまで再現されている。また、レオのラバースーツの質感も特筆もので、リアルな造型のひとつの頂点といっていいだろう。200円でコレというのはすごい。
でもさあ、確かにテレビのウルトラマンはゴム製の着ぐるみなんだけど、番組の中に存在しているのは身長50メートルのラバースーツなんだろうか。映像としての表現技法としては確かにゴム製の着ぐるみを使うしかないだろうが世界観ということを考えると、実はこのシワよりまくりの着ぐるみの精細なコピーという表現は、製作者に対して失礼なんじゃないのか。次はこのコンセプトでドギューとかギロ星獣とかウルフ星人とかの女子中学生ナンパ系怪獣着ぐるみも作ってみてファンの反応を見てみるのも楽しいかも。
これよりちょっと前に出たユージンのバロンシリーズ(レッドバロン、マッハバロン、ガンバロン)は、実際の着ぐるみでは材質等の関係でヘタレに仕上がっていたり、等身がおかしな部分を修正する、という方針で造型されている。レッドバロンがこころもちスマートすぎる気もするが、塩ビの成形色のツヤツヤ感を生かした質感表現はなかなか。ガンバロンなんかあきらかにテレビよりカッコいいしな(笑)。誰か同サイズのロングとか作らないか(謎)。ところで、金月さん結婚出産ちゅうウワサを聞いたんだがマジですか?
あとオオモノ系だが、超合金の「装着変身仮面ライダークウガ」、トライゴウラム共々ゲットしたんだけど、デケえわこれ。現物もハーレー改造のVマシーンよりデカいらしいんだが。こないだ見たら、これで渋滞すり抜けやってたなあ。そのうちエンディング「オートバイは正しく乗りましょう」とか出るんじゃないか。
このライダーフィギュアで、ひとっつだけ不満なのがサムアップポーズが取れないことかなあ。やっぱクウガったらサムアップでしょう。で、誰か同サイズのフルアクション一条刑事作らないか。おねえ様に売れると思うがどうか(やめろ)。