おたじ 〜Raod of Otaku/OTAku oyaJI is No Dead!〜
ゲームレビュー
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いつの日にかこの夢の続きを
と暁に激情を照らしだす乙女たちが歌ってから幾星霜、やっと見られた夢の続き、それがサクラ大戦3だ。
シナリオが多少破綻しているとか、戦闘部分でユニットの接触判定がよくわからず渋滞しがちである、とか戦闘マップの一覧ができない、とかメルたんシーたんがオトせないとか細かいアラは探せばいくらでもあるが、とりあえず楽しくストレスなく遊べる、というゲームとして最も重要な点においては間違いなく一級品、モチーフとなっている少女歌劇のスタンスをきっちり受け継いだ、堂々たる娯楽作品であるといえる。ギャルゲーマーならずとも必プレイ。以上。
で、終わっても何らさしつかえないんだが、それじゃつまんないんで、ちょっと深読みでもしてみようかと思う。
実はサクラ大戦シリーズの世界はそれほどオキラクではない。ちょっと3のキャラクターを検証してみよう。異能者であるために疎まれたエリカ、名家の後継者であることだけを要求されるグリシーヌ、婚約者の死というトラウマに囚われ続ける花火。そして帰るべきところをそもそも持たないロベリアとコクリコ。そう。巴里歌劇団とは、実はまつろわぬ者たちの流れつく場所であるのだ。これは1・2の帝激でも変わらない。
両親の愛を十分に受けられなかったすみれ、動乱の中、祖国から放逐された紅蘭とマリア。そして異能者として疎まれたアイリス。「サクラ大戦」は基本的に彼女たちが『還るべきところ』を得るまでの物語なのだ。
そしてもうひとつ、サクラ大戦は深層に時間と空間のダークサイド、というべきものを抱えている。
最初の『サクラ大戦』のヒロインたちの出身地の設定をもう一度確認してみよう。フランス、中国、ロシア、そして仙台、沖縄。これらの地域が現実世界の近代以降の大日本帝国とあまり幸福な関係を持っていないのは、歴史書をひもとけば容易に理解できるはずだ。いや「新しい歴史教科書」とかだと書いてないかもしれないが。
こう考えていくと、実は降魔と帝激というのがコインの表裏だったことが知れよう。このあたりは非常に意図的に作りこまれている。初代帝激のメンバーがその名前に花の名前と共に、真宮寺、神崎、カンナ、紅蘭(コーラン)、マリア、イリスというふうに聖なるものたちの名前をダブルミーニングされてる、というのはこれが後付けでなく、ハナっからこういうものとして作られている事の傍証となろう。
3はこういった構造を1から忠実に引き継いでいる、実は続編といいながら限りなくリメイクに近いコンテンツなのだ。本来、やりたかった理想のサクラ大戦、とも言えるかもしれない。
むろん、1の最も致命的な欠点だった無用な大ブロシキ感はちゃんと払拭されており、完成度は確実に上がっているのは何より評価すべきポイントである。
とはいえ、サクラ大戦はあくまで清く正しいギャルゲーであり、基本的にはエリカたちと共に泣き、笑い、恋すればいい。
え?ああああ。わかってるって。所詮こんなもんは夢物語。けど夢なら楽しいほうがいいに決まってる。エンターテインメントに携わっていながら、夢すら見せられない自称クリエイターの方々はそこんとこ考えるべきだろうな。
ま、世の中にはギャルゲに難癖を付けることでアイデンティティを成立させている(というかそうしとけば自分がマトモに見えると思っている)「硬派」なゲーマーの方々がいらっしゃるが、そーいう皆様にはけして経験できない至福な時を過ごせることを、とりあえず自分自身に感謝しておこうかと思う。
サクセス発売の低価格(2800円)アドベンチャーで、悠久組曲以来のMoo氏キャラデザのADV。このお値段で、完全オリジナル、主題歌入りフルボイスってのは結構贅沢なつくりではある。
主役二人以外が全部キラメロ学園だったとしても。
ゲーム自体はオーソドックスなコマンド選択型ADV。一応推理モノの体裁を取っているが、特に何か考えるところとかがあるわけではなく、常識的に進めていけばほぼ一発で正解にたどり着くはずだ。プレイ時間は1周で約2時間ほど。一応マルチエンドなので、コストパフォーマンスはそこそこ、ってなとこか。で、だ。そのたった2時間分のシナリオに何でツッコミどころが無闇にあるのか。
お話としては日テレ土曜9時系の学園素人探偵モノである。元気娘系ヒロイン探偵に主人公がワトソン役として振りまわされるっつー設定で、ストーリーはいわゆる学校の怪談な殺人事件が発生、主人公達がそれに巻き込まれて行く(半分は自分で渦中に飛び込んで行っちまうんだが)というタイプの比較的オーソドックスな展開。
ま、流行りだから、それはそれでいいんだが、このヒロインいったいどーいう資格があって人死にが出てる事件に首を突っ込めるのかがとりあえず謎。
名探偵の孫でもなきゃ、警察に知り合いがいるわけでもなく、当然自分自身が何か実績があるわけでもないのに、あっちこっとチョロチョロしてほとんどお咎めを食らわないのはなぜ。
死人が二人も三人も出る話に世間のオトナの介在がまるで感じられないってのは、あまりにもリアリティに欠けすぎてるんじゃないのか。いやね、名探偵の孫がじっちゃんの名にかけてとかゆってるのもリアルとは思わないんだけどな。
このあたりのディティールへの無神経さが、一時が万事。全体の緊迫感が大幅に損なっているような感じである。ディティールへの無神経さ、と言えば登場キャラクターがありとあらゆる場面で制服の着たきり雀ってのはなあ。
昼間、学校でなのはいいとしても、夜中にトイレに行くときにまで制服姿ってのはなんぼなんでも手抜きじゃないか。気のきいた同人ソフトだって別グラフィック起こすぞ。
あと、ネタバレになるんで詳細は書けないが、鉄パイプで後ろ頭ブン殴られたらとりあえず救急車呼べよ。それで翌朝平然と行動できる主人公って尋常じゃなく丈夫だなあ、と突っ込んでおく。
ミステリ物としては、トリックは、まあこの手としては無理のない範囲であろうかと思う。ただ、人間関係の伏線が少なく、真犯人の動機が非常に唐突に感じる。それなりに判断を惑わせる人物シフトにはなっているのだが、それがまるで生きていない。2時間サスペンスの最初と最後の30分を繋げて見せられたみたいな感じである。
人物の感情の動きや、二人のメインキャラの立ち方なんかはそれなりにいいとこ行ってはいるんで、シリーズ化されると化けるかもしれない。
一応、ホメどころも書いておくとグラフィックは可愛い。Moo氏は基本的にキャラデザだけだが、表情グラフィックやイベント一枚絵なんかは氏のタッチがよく出ていると思う。操作系や処理速度などシステム部分も、取りたてて不備はなく(セーブファイルの数が限定されているくらいか)、Moo氏のファンなら買ってそれほど損はないと思う。少なくとも組曲よりは。
ところで、今ふっと気付いたんだがこれ、事件解決の重要なヒントをくれるミステリオタク兼ヒロインストーカーな人物(これはこれで問題あると思うが)がキャストのロールに出てないんですが。
オタク差別反対。
こんなんで100万本か。
GBCゲームの第四弾で、一応内容を解説しておくと、ジャンプのマンガ「遊戯王」に出てくるマジック・ザ・ギャザリングライクなTCGをモチーフにしたゲームで、確か『マジック&ウィザーズ(M&W)』が正式名称だったはずだがほとんど
そんなこと誰も覚えちゃいねえような気がする。
今回の特徴は、タイトルの通り原作マンガのキャラクターを反映した3本のバージョンのソフトが出ていることで、この3本はそれぞれデッキ構築に使用できるカードに制限があり、それぞれのキャラクターが原作で取っているような戦法をある程度踏襲せざるを得ないようになっている。これはこれで面白い趣向ではある。前作までが、単なるTCGのゲーム化であったのに対し、よりキャラゲーの色が強くなっているといえる。
で、100万本の中身はとゆーと、
去年1年プレイしたゲーム中でブッちぎりのひでえソフトである。しかもただヒドいのではなくこれ第一作目から
キツいデキだったがその一作目以来のヒドさをこの第四弾までまるまる引きずってるちゅーのが凄いところである。
まずゲームのキモであろうと思われる
デッキ編成がボロボロ。
デッキからカードを外すのと、逆にデッキに組みこむのが別メニューのため、いちいちトップに戻ってカードのやり取りをしなくちゃいけない。また、レギュレーション違反の判定も実際にデュエルを開始する直前にしか行われず、そこでチェックされるとまたデッキの組み直しに戻らなくてはいけない。
通信対戦とかにも個別のレギュレーションがあって、対戦前にデッキを組みかえる必要があるのだが、
こんなんでいちいちやってられるのか?元々のTCGなんかもまあそーいう手間をかけるのかもしれないが、そうだったとしても何もそこまで同じにせんでもよかろうに。
実際のデュエル中も、
プレイヤーにストレスを与える仕掛けが盛り沢山。メッセージが極端に少なく、生贄を利用してのモンスター召喚(要は、場に出ているモンスターカードのどれかと手札のより強いモンスターを交換するような手)を行うときもCPUが何の宣言もせず、しかも画面上のカード表示もほとんど動かないため、相手がどんな手を打ったのかまるでわからない。
また、カードの伏せとオープンの状態も画面上では区別がつかず、いちいちカードにカーソルを合わせなければいけない。そもそも、
自ターンで手札に引いてきたカードすらカーソルが自動で移動しないため自分でカーソルを合わせないと確認できない。このくらいならまだ
よくあることで済ませることもできるが最高に腹立たしいのは「融合」の仕様である。
「融合」ってのは要は2枚の手札を合体させて1枚のカードにする手で、本来のレギュレーションではデッキに組みこめない強カードを手札に入れられる。このため上級のデュエリストと勝負するには必須のテクなのだがこれの操作がもう劣悪としかいいようがない。
基本的には2枚のカードを重ねる形になるのだが、その2枚が融合可能なのかどうかが選択を完了するまでわからない。しかも、
融合ができない組み合わせを指定してしまうと、手札が一枚完全に手元から消滅してしまい、窮めて不利な状況に陥ってしまう。 ここまでくるともうマシン性能とか開発スケジュールとかそういうレベルではなく
誠意の問題であるとしか言いようが無い。
ゲーム進行自体も大味で、強カード1枚でほぼ勝負が決することが多いのも第一弾から何も変わっていない点で、罠や魔法といった特殊カードが大幅にオミットされているため、原作マンガのような知能戦や弱カードがらみのコンボでの大逆転といった醍醐味も味わえない。原作物としても失格である。
ほんとに何の取り柄も無いゲームソフトである。
ここまでぞんざいに作っても100万本なら、
そら儲かるよな。まあ結局このソフトは遊戯王カードゲームのひとつの変り種、下手すると
単なるレアカードのオマケ以上の価値を認めてもらってないんだろう。ま、この不景気の折売れてるってのはご同慶の至りではあるが、淋しいコンテンツだよな。
この辺開発スタッフは何とも思ってないんだろうか。テレビゲームの1ユーザーとしちゃこの状況で何の感慨も持たないような
リーマン開発者はあんまり業界いてほしくないような気がするんだがな。
ところでこのソフト、ゲーム中で強カードを揃えようと思うと、CPUキャラとのデュエルを延々と繰り返すしかないのだが、
実は元々のカードゲームのカードのパスワードを入力することで、強いカードをゲーム中に持ちこめるというフィーチャーがある。現実のマルヒゲ屋に買いにいけって事なんだが。
いや何がこええってこれ次の
「ときメモ」とかに持ちこまれたらヤだよなあ。
トレカのレアカードのパスワードを打ちこまないとイベントが出ねえとかさあ。コナミだからなあ。悔しいけど間違いなく乗せられるだろうしなあ、ってゆーかどーするんだこの
200枚くらいある遊戯王カード>オレ。
ところで、これ原作の「遊戯王」じゃ
『賭けルール』思いっきり否定してるんだけどそういう意味でも原作無視ではあるんだよな。実は。