おたじ 〜Raod of Otaku/OTAku oyaJI is No Dead!〜
フィルムレビュー
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ミレゴジ以来恒例となった2匹目シリーズの最新作で、今回は史上3度にわたって相対したメカゴジラとの対戦となる。
爆笑トンデモムービーのゴジラ2000、新生チャンピオン祭りの×メガギラス、そしてゆきゆきてG軍の大怪獣総攻撃に続く本作を一言で表すならば『プロジェクトX 〜ゴジラを殲滅せよ!』ということになるかと思う。
今回の舞台は、ゴジラ以外にも複数の怪獣が日本を襲撃している世界で、そのため日本は対怪獣専門の自衛隊を組織している。
そして1999年に出現した2匹目のゴジラに対抗すべく、時の内閣は対ゴジラ兵器『機龍』の開発を決定する。映画の視点は終始この機龍計画の関係者から離れることはなく、登場人物で部外者と言えるのは副主人公格の湯原の娘だけである。
他は釈ちゃん演じる家城三尉を含めたすべての登場人物が何らかのプロフェッショナルで、観客となる一般大衆のシンパシーを誘導する『怪獣被害に巻き込まれる市井のヒトビト』を必ず配置してきた東宝怪獣映画としては極めて異色であるといえる。このため、フィルムの雰囲気は硬質でシミュレーション的。ルサンチマンどっぷりの人情怪獣映画だった昨年の大怪獣総攻撃と好一対を成す。
この絞込みは徹底しており、主人公であるはずの家城茜のバックグラウンドにすら踏み込むことがない。『天涯孤独』と言うだけで過去の境遇や、自衛隊に入隊した経緯なども語られないし、自らの心情を吐露することもほとんどない。
また、今作ではオーバーテクノロジーやオカルトに類するガジェットを一切使用していない事も怪獣映画としてはかなり異色であろう。怪獣型巨大ロボがそもそもどーよって話はさて置きとしてだ。
これは各分野のプロが結集し、機龍という巨大なプロダクツを稼動させる一大プロジェクトの物語なのだ。
実際問題今回は従来の作品と比べると尺が短い(90分)割に怪獣バトルや釈ちゃんや松井選手やらを入れ込む必要がある、と条件としてはかなりタイトなわけで、ここで視点を複数にズらしてしまうといつものように収拾がつかなくなってしまう可能性が高く、このつくり自体は成功であると思うし、実際映画としてのまとまりのよさは及第点を付けられると思う。
特撮怪獣映画のキモである映像はどーよって話になると、こっちもかなりいいトコいっている。今回はともかくゴジラがカッコいい。
基本はミレゴジだが、基本姿勢を平成G時代と同じように直立させたのが最大のポイントだろう。三角形の体躯といい、小さめに作られた頭部の面構えといい、いわゆるキンゴジを髣髴とさせる風貌である。
そしてこれがまた強ええんだゴジラ。自衛隊はもちろんのこと、メカゴジラの攻撃をすべて真正面から受け止めて、小揺るぎもせずに進撃してくる。とにかく最終盤まで理不尽なまでにゴジラが優勢を保つ。
一方のメカゴジラは、というとこれがまた実にヒーローロボットしていてカッコいいのだ。最終決戦時、病院にあと一歩と迫るゴジラめがけて上空からブースター全開で降下、ビル街をホバリングで一気に駆け抜けて、一撃をくらわして屹立するシーンなんか釈ちゃんの凛とした演技もあって、もう燃え燃えである。また、昭和メカゴジラへのオマージュと思しき全火器フルオープンも怪獣オタ的に嬉しいところ。
細かい部分でもハっとさせられる演出が結構多かった。灯火の落ちた街で、ビルの向こうを走行するメーサー車のビーム光がカーブミラーに反射してぽっと光るシーンなんかは非常に印象深かった。
というわけで個人的には大満足なんだが、多分世間の評判は良くないと思う。最大の理由は最終決戦のクライマックスのギミックが逃げちゃ駄目だ紫ロボアニメの頂上決戦にフォローのしようがないほど似ている、という事だろう。
他にも性悪オタク連中ハイセンスなオーディエンスの方々に取られる鬼の首がとにかくあっちこっちに生え過ぎである。
実のところパクリというよりは元々あのアニメは『怪獣映画のモロモロをなるべく現実に即した形で解決する』という方法論の実践なわけで、それの実写映画へのフィードバック、とかとらえるべきだと思うのだが、たいがいの世間はそれじゃ許してくれそうにないわけでー。
ともかくゴジラ映画は皆が揚げ足を取るどころか絨毯をひっぺがそうと待ち構えてるコンテンツなんだからもうちょっと考えるべきだったろう。今回のデキを見る限りできないスタッフじゃないと思うのだが。
とにかく怪獣バトルムービーを見たい人にはお勧めするが、それ以外のいろんな事を怪獣映画に求めてる人は行かなくていいと思う。それ以外に何を怪獣映画に求めるんか、とゆーのが個人的な見解ではあるのだがね。
ところでこの映画で最もウソ臭かったのは何か、と問われればゴジラでもメカゴジラでもアブソリュートゼロでもなく政治家や官僚が実に決断力とリーダーシップに溢れている点であろうかと思われる。太平洋から巨大生物が上がってくる確率よりも、度量のある首相が出てくる確率の方がどう考えても低そうだもんなあ。とほほほ。
昔懐かしいホイチョイの『見栄講座』のバイクの項で、『長生きしてスター・ウォーズ全9部を見たいような人はアメリカンバイク』と書かれていたのだが、アメリカンバイクに乗らなくても何とか生きてる間に全部見れそうな星球大戦の第二章。
つーわけで見た。
まず最初に書いておくと、映像的にはほぼ文句のつけどころはない。
エフェクトはさすがに国家予算レベルのバジェットをつぎ込んでるだけあって、すばらしい。中でも白眉はメカでもクリーチャーでもなく中盤のクライマックスとなる惑星ナブーの情景だろう。
いろいろインチキをやってるのに、それがどっかにある自然の情景にしか見えないってのはエフェクトしては一番スゴいことで、あの『オクスター』ちゅーか『ぞぬ』ちゅーかみたいなクリーチャーが、ラヴラヴハリケーンなシーンにきちんとなじんでるのが印象的だった。
他の部分もエイリアンやロボットなどのCGIキャラクターが悪目立ちせずに画面に溶け込んでセンス・オブ・ワンダーを満喫させてくれる。このへん、技術的にも演出的にもこなれてきた、ということだろう。
また、前作ではいささかトロかった殺陣にも力が入っていて、ライトセイバーなんかのアクションシーンは素直にカッコ良い。 見せ場である闘技場での大乱戦なんかはさすがにツボを押さえていて見ごたえがある。
キャラクターでいえば今回印象深いのはなんと言ってもクリストファー・リー演ずるドゥークー伯爵だろう。さすがジャンル映画の大ヴェテランだけあってケレン味と悪ボスの貫禄充分。若僧どもを手玉に取る様が心地よい。
さすがにハリウッド製エンターテインメントとしての節は立派に通しているといえる。
で、その映像をつなぐシナリオはどうかというとそれなりによくまとまっているが、何でそこをはしょりますかというなぞんざいさが目に付く。
特にアナキン母のくだりなんかもう完全に辻褄合わせのデウスエクスマキナにしかなっていないのはいかに何でもなあ。
アナキンがダークサイドに囚われる契機となる重要な部分なのに、ものすごく扱いが雑で夢見てウナされて里帰りしたら殺されてましたで終わり。何の伏線も盛り上がりもなく。その割にさしてストーリー的に意味があるとは思えない、冒頭のスピーダーチェイスなんかに妙に尺を割いてるし。
まあ、この映画に誰も緻密なドラマなんか望んでいるとも思えないんでこれはこれでアリなんだろう。
まあ何だかんだいってもストーリー的に破綻はしてないんでその点では前作よりはよほどよくなっている、といえるだろう。状況説明に終始するんで破綻のしようがないちゅー話もあるが。
だが全体のトーンのダーク&ヘヴィさ、そしてそれに起因すると思われるカタルシスの欠如は『そういう物語』である、ってのを承知の上で見ていたとしてもどうにも看過できなかった。個人的な感触であろうとは思ったんだけど見た後にどうにも釈然としない『気持ち悪さ』が残った。
多分、もうこのエピソード2は、というよりも1〜3と連なるフィルムはクラシックと同じ意味での『スター・ウォーズ』ではないのだろう。これは、『スター・ウォーズ・サーガ』という歴史叙事詩の一幕なのだ。
ここにいるのはルークやソロのように、自分たちの力で物語を創っていく『ヒーロー』ではなく、歴史の流れに押しつぶされていくアナキン、アミダラといった弱い人間たちだ。
この映画の主役はアナキン・スカイウォーカーではなく『歴史そのもの』である、と言ってもいいかもしれない。そう思ってみれば悪い作品ではない、と思うのだがやはりNew Hopeとかでない無印の『スター・ウォーズ』から付き合っている身とすれば、『SWとは違うもの』というのが正直な感想だった。
おそらく、SWをどこから見てるか、でずいぶん評価が変わってくる映画ではないかと思う。これから見に行く人はそのへんを意識したほうがいーかもしんない。
あ、あとジョン・ウィリアムスがかなりいい仕事してるんで、音響のいい映画館に行くべし。
で、この映画なんかすげえデジャヴュがあって、何かと思い出したら、あれ。ゼータガンダム。
カミーユ=アナキン、オビワン=クワトロ、アミダラ=フォウ、ヨーダ=アムロ、ジャージャー=カツと置換できちゃわないか。無理ありますね。ジャージャー以外は。
作ってるとか作ってないとか最初に言い出したのは誰なのかしら(をい)、といった感じで話が浮いては沈んでいたアニメ映画で、過去のシリーズ作、1作目と2作目の間に起こった幕間劇、というよりはどこかの世界の日本の2002年ごろの世界の怪獣映画といった方が正しい一本。つーわけで公開初日、結構な入りのMOVIXに行って見てきた。
最初に併映のミニパトだが、内容云々以前に画質が悪すぎ。
櫛ノイズバリバリのCGムービーをシネコンの輝度の無闇に高いスクリーンで見たら本気で吐気がして往生したぞ。多分DVDとか旧来のスクリーンだとあんまり気にならないと思うんだが、ともかくもうちと考えて欲しかった。
つーわけで本編である。映画のカタログデータはあっちこっちで出てるんで既知かと思うが一応説明すると、物語は漫画版の『廃棄物13号』『Strike Back!』の2エピソードを元にした内容で、東京湾岸で発生する謎の惨殺事件を縦糸に、それを巡る陰謀と人間の愛憎を横糸に織り込んだのSFサスペンスアニメである、というくらいになるかと思う。
と、説明しておいてこう言うのもナンだが、これは『いわゆるアニメ』ではない。またスタジオジブリ的な『アニメーション』でもない。
この映画の映像表現としての最大の特徴はいわゆる『アニメ的』な記号表現を極力排しているという事であろう。キャラクターは、骨格と筋肉を意識した造型と動作を施され、美術は実景の書き込みに徹していく。また、色彩設計も原色系を一切使用せず、モノトーンになるギリギリくらいまで彩度を落とされ、フィルム全体に閉塞感と緊張感を与えている。アニメじゃなきゃ何だと言われると『絵に描かれた俳優が演じる映画』というのが一番近いと思う。
『ロボット』と『怪獣』のアニメを作ろうと思ったら、いくらでもやりようはあったとは思うのだが、あえてこのようなケレン味のない手法を取ったのは、これがスタッフにとって『理想の怪獣映画だから』という事なのだと思う。実際、このフィルムに出てくる怪獣『13号』は真剣に怖い。
劇中前半の山場、ビル工事現場に13号が初めて姿を現し、いあわせた警備員や工事関係者を餌食にしながら主人公の刑事二人に迫る、というシークェンスがあるのだが、ここでは当然、怪獣が人間を貪り食う様が描かれる。
普通だったら、ここで大量の流血や残酷描写で怪獣の恐ろしさを強調しようとするだろうが、この映画では怪獣が触手を使って作業員をひっつかみ、口に放り込む、という一連のショットをロングの一発で撮っている。
犠牲者の表情をアップにすることすらせず、ひょいぱくひょいぱくとオノマトペを入れたくなるほど軽く流している。だがこれがすっげえ怖いんだ。この怪獣に狙われたらもう声をあげる間もなく食われてしまうのだ、という恐怖である。実際、身の丈十数メートルの肉食性の生物に襲われたら、もはやなすすべなく餌食になるのだろうからこれは極めてリアルな描写であるといえる。
このあたり、けして既存の映画へのオマージュではない『怪獣映画』を作ろうとする意欲がよく出ている。確かにこういう画を撮ろうとしたら、いわゆるアニメではもとより、実写でもどんなリアルなエフェクトを使用したとしてもウソくさくなってダメだろう。映画と実写のボーダー上の表現だからこそなしえた表現である。
もうひとつ、この映像表現が効果的に描いているのが、人間ドラマである。アニメの、ちゅーか邦画の人間ドラマというと、何か登場人物がスックと仁王立ちになって『XXXXXはXXXだからXXXなのではないですか!?』とか高校生の弁論大会みたいなメッセージを語るというのが定番のイメージだろう。この映画にはメッセージや大義は存在しない。あるのは『人はどうやって壊れていくのか』という哀しい物語だ。映画は、これをあくまで映像主体で淡々と描いていく。
あとはネタバレになるんでご自分の目で確認していただくとして、劇中最もショッキングだったシーンを上げておく。映画の中盤、事件を捜査する刑事が犯人宅の家宅捜索を行う。鍵をあけて入るとそこは生活の臭いのないガランとした部屋があるだけ。だが、奥に鍵のかかった部屋がある。
鍵を開けると、そこには、壁一枚分もある人物の巨大な顔写真が貼り付けてあるのだ。このシーンは、作画的にはフィルム中最もアニメ絵的、もっと言えば萌え絵的に描かれているのだが、それだけにリアル志向のフィルムの中では強いショッカーとして機能している。
犯人はこの部屋で、その人物の在りし日の姿を繰り返し繰り返し、ビデオで再生しているだけの生活をしていたのだ。何とも鬼気迫る情景である。そして、ある偶発事故をきっかけに犯人は一気に狂気へと堕ちて行く。そして、この世ならざる怪物を誕生させてしまうのだ。だが、それは犯人とってはけして怪物などではなかったのだ。
この犯人は、けしてエキセントリックな人物ではなく、むしろキチンとした人格者であったことが演出の端々で描かれる。その人物が、数々の不幸によって少しづ歯車が狂っていく様が哀しく、そして恐ろしい。
この辺が実に『パトレイバー』だな、と思う。考えてみれば1も2も人間の狂気が最後の敵だったではないか。そういう意味では実はこの作品は一種の『理想のパトレイバー』なのでもあろうかと思える。
最後にテクニカルその他モロモロな部分へのコメントをしておこう。
とり・みきの手になる脚本は、上でも書いたようにことさらメッセージを叫ばせず、映像による積み重ねで語るタイプ。これが非常によくできている。プロパーは見習うべきポイントが多いと思う。インターネット周りのガジェットはややあざといか。2ちゃんねるはちょっとひっくり返ったけどな。
作画・演出は派手さは無いが非常に緻密に計算されている。特に刑事の一人が骨折の加療中ということで松葉杖をついているのだが、これが様々場面で動きにメリハリをつけるアクセントになっているのが印象深い。ただ、動画が原画やキャラデザのニュアンスをつかみきれていない部分が散見された。これはスキル的、というよりもコミニュケーションの問題だろうと思う。
メカニカルな部分で言うと、イングラムはほとんどメーサー光線車並みの扱いで目立たないことおびただしいが、格闘戦の途上で取り落としたリボルバーカノンを手の伸縮機構を応用して拾い上げるのがちょっと、ををっ、であった。
とりあえず観るべき一本、だがちと上映館が少ないのが難点だろうか。とっととDVD化してほしい一本ではある。
角川アニメ4本立てと銘打った興行で、要は東映オタクまんが祭り。色々な事情で見れずにいて(つーか仙台は公開劇場が郊外のみだったんで行くのがメンド臭かった)、よやっと見れたので、もう小屋もハネると思うが一応感想なぞを。
まず、他3本をまとめて。なお、全作品に共通の特徴として『元を知らない人には一切配慮がない』という一種のダイハードムービーである、という点を挙げておこう。
●デ・ジ・キャラット 星への旅
全編ノリだけで突っ走る観客振り落とし型ジェットコースタームービー。張り付いた笑顔のでじこ父母の得体の知れなさがすばらしい一本。
●あすまんが大王
まったりとしながらもどこに行くかわからないテンポが非常にあずまんがらしい、イカダ漂流ムービー。キモはボンクラーズか。
●スレイヤーズぷれみあむ
全ての要素がことごとくスベりまくりのウォータースライダームービー。誰か止めるヤツはいなかったのか。アメリアとかゼルガディスとかもう妙に懐かしいな。ポインツは白鳥由里が美声で歌うバカソング『あなたはたこご』。
タコ食ってパー そんでもってプー
あなたの言葉が届かない。
おはようボンジュール級の衝撃である。
というわけで、本命のサクラ大戦である。
サクラはこれまでOVAとTVアニメがあったが、これはそれのどちらでもなくゲーム版のサイドストーリー。味わうにはサクラ大戦1、2、3の最低1周クリアが必須条件。
一本のフィルムとして見ると構成のアンバランスさが目立つ。なんつーのか全編見せ場、というよりもゲームのCDからムービーだけブッコ抜いてつなげたような印象。特に、新キャラで、功利主義者のラチェットと花組の葛藤の描写が不十分で、ラストの歌劇部分が唐突に感じられてしまうのは、作品全体のメッセージ性を損なっているという意味で明らかなマイナスポイントである。その割に、轟雷号出撃シークェンスが異様に長かったり、何を表現したいのかまるでわからない。
スタッフクレジットを見ると、脚本が広井総帥と演出担当の共同になってるんで、おそらくいわゆる『脚本』を書かず、総帥のシノプシスを直にコンテに落としたものと思われる(日本映画には珍しく、専任のダイアログエディターを置いている)。その所以であろうか。絵的にはがんばっているのだが、いかんせんやはり映画としてのデキには辛い点数をつけざるを得ない。
ただし、ゲームのサイドストーリーとしては極めてよくできている。本編で掘り下げが十分でなかった織姫とレニをメインにすえ、各キャラそれぞれに見せ場を作りながら最後はヒロインのさくらとヒーローの大神(ちゃんと3版の光武F2に乗ってくる!)で締めるという構成が実に心憎い。
マリアの見せ場がメカ戦でなく生身の銃撃戦つーあたりもよくツボを突いている。また、劈頭とラストの歌劇のシーンも力が入っていてうれしい所である。このあたりはさすがに総帥キモイリだけのことはある。
結局のところ、『サクラ4につづく』なコンテンツという位置付けなのだろう。サクラのシンボルであるゲキテイをあえて流さなかったところを見ても、そう思える。最後はドリキャスでね、ちゅーわけだ。
それ以上の事を望まなければ、作画も破綻していないし、3DCGのトゥーンシェイドを使ったメカ戦の迫力も充分で、納得のいく一本であろう。それから今回、新しいシネコンで見る事ができたのだが、音響がかなりよかった。そのうち出るであろうDVDなんかは5.1チャンで再生することをお勧めする。
しかしなあ、そーいうフィルムとしての諸々はともかく、明らかに『9月11日』を受けたと思しきアメリカ人ラチェットと日本人さくらの『力』に対する問答は、歌劇の皮をかぶせたとしても生臭すぎやしないかね。このあたりポリリンがいない分、広井総帥のある意味無邪気な世界観が生で露出していて大変興味深い部分ではある。今回の悪役、ステイツの軍需メーカー、ダグラス・スチュアート社のマークのレタリング(DとS)がネズミだとかアヒルだとかの某アニメ会社を思わせる、てーのはうがちすぎであろうか。
しかし、これ劇場にかなり親子連れがいたのにはいささか驚いた。子供に見せる映画じゃねえだろう。でじこあたりはそれなりにお子様にも受けてたようだが。でもな、イビキかきながら寝るのはあんまりだろうよ>どこぞの親父。
いや気持ちはよくわかるがな。