おたじ 〜Raod of Otaku/OTAku oyaJI is No Dead!〜
日々雑事
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以下、第一世代オヤジのオコゴトな。
何やらここんとこ第二世代、とか言われてるオタクのいろんなお悩みを目にすることが多くなった。
で、どうも話題の中心には『オタク界の閉塞』って事がある。
確かにそーいったなんかどっち行っても、何かもうなーんも出てこないよなあみたいな感覚ってのはすげえわかる。アニメ雑誌とかエロゲ雑誌とか手にとってグラビアページめくってっても作品ごとの区切りがわからん、みたいな部分ってなーあるよ、うん。
けどね、それを『閉塞』と言うのは認識が違う、てーか甘いんじゃないのか。
この状況ってなー実際は『閉塞』なんかじゃなくて『熱死』なんだよな。エントロピーが増大し切っちゃったような状態、もう何も動かなくなっちゃった状態、そういうトコまで行っちゃってると思うべきだ。
元々オタクなムーヴメントってのは消費行動を基に成立してるわけでな、そこでワーっと投入されたエネルギー(ガンダムエヴァなり葉鍵なり)ってのが飽和しちゃった時点で状況が止揚しちゃう、ってのはある意味あらかじめ定められたサイクルなのよ。
そういう目で見ると、この2002年現在ってな多分ライフサイクルの最末期だと考えたほうがいい。おそらくこれまでのパラダイムの延長線上で何かを投入しても何も動かない。
『閉塞』なら、力任せにブチ破ることが可能だ。でも『熱死』を破るには次のサイクルを始めなきゃいけない。こりゃーやっかいだぞ。コレで食ってるヒトたちは、ちと大変な時期に入るかもしれないなー。受け手側としても、しばらくはもう今のダラダラした状態を甘受するしかなかろーね。
じゃあどうすりゃいーんだよ、って話になるとオレはもう業界人でもなんでもない、一介のダメ消費者だからデケえこたいえないんだけど、今はもう次のサイクルのためのエネルギーの蓄積期間だと思って、自分の中にいろんなモノを溜め込むべきだろう。
新しいモノに心が動かないんだったら、今まで見落としてきたモノを見直せばいい。やり残したゲーム、何となく読まなかったマンガ、見逃してたアニメ、こーいうモンを再確認してみればいい。
別にオタクメディアじゃなくたっていい。例えばBookOffの100円本コーナーとか古本市のワゴンとかを漁って、タイトルだけで本を選んで乱読なんてのもいーぞ。つか、第二世代とか言われてる人たちってたかだか30歳でしょ?第三世代の人たちなんかハタチそこそこなんでしょ?そんな歳で『閉塞』してどうするんだ。
『閉塞』なんてのは単なる状況であって、自分自身が個人、もっと言うなら一オタクとしての価値体系を確立してるんだったら実は何も動揺する必要はないはずだ。オタクなんてのは何がなくなっても最後に『オレ的』なモンが必ずあるはずだから。それがなかったら、多分あんたはオタクになんかなってない。
確立してないと思えるんだったらそれこそまだまだやるこたぁーいっぱいあるはずだよ。
もひとつ無責任に言っちゃうけど、作り手がわにいるヒトだって知らないことが知ることに優るってことはないし、次のサイクルのスターターがどこに隠れてるなんかわかりゃしないんだから、とにかく変に苛立って消耗するよりも今は蓄積に専念すべき時期だと思うぞ。つらいかもしれないけどオレたちの大半が目指して果たせなかった位置にいるんだから、それくらいは、な。
ちゅーわけでオコゴトを色々と語ったりしたわけだが結局『勉強しろ若者よ』ちゅー割とありきたりな事しか言えてない訳で、勉強しねえと年取ったからってロクなもんにならんちゅーサンプルみたいな事になってしまったが、コゴトついでにもひとつ。
どうもこの辺にカラんでオタクを3世代くらいに分けるのが最近の論調、てかTinamix一派が流行らせた話なんだけどさ、これすっげえ違和感あるんだよ。第一世代とかゆわれる身としては。
『過去を背負ってない第一世代』とか言うんだけどな、そりゃ全然見当違いもいいとこでな、ヤマト世代ってのはSFファンダムてゆー本来の意味でのオタク第一世代とそれこそ今の萌え世代vsどこじゃねえ世代間抗争を経てるのよ。
話を映像系だけに絞ったとしても、『衝撃波Q』とか『PUFF』といった特撮系ファンダムやガッチャマンやトリトンのFCといった先達がいるわけで、その辺を無視した世代論てのは浅薄な上に、それこそ道無き道を往ってくれた先駆者たちに失礼だと思うんだがな。オタク論でひともーけ、してる皆様方においては少し考慮して欲しいトコではあるぞ。