だ☆めーづ
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おたじ 〜Raod of Otaku/OTAku oyaJI is No Dead!〜
日々雑事

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サイトを『経営』するということ(2002.02.20)

というわけでネットランナーさんの3月号に掲載された。まあいろいろあるが、こーいう語り系のサイトの管理者なんてのは、自己顕示欲は無闇に強かったりするわけで、そういう意味では、嬉しくないわけではない。

ただ、ここでホントのことを言わせてもらうと、だ。雑誌掲載、しかも今回のようなベタ扱いの場合アクセスって伸びないんだよなあ。今回掲載された『妹』の場合、アップ直後に結構いろいろなニュースサイトさんから文中リンクをいただいたのだが、その時点でだいたい通常の倍くらいまで延びたんだけど、今回の雑誌掲載の直後は特に増えることもなかった。

まあ、休み明け2月12日時点で、通常の3割増程度のアクセスがあったけどウチの場合けっこう平日に会社から覗いていただいている方が多いらしく、普通でもでも休日明けはアクセスが2割増ほどになるんで、それをさっ引くとやはりそれほど劇的な伸びはしていないといえる。奇しくも件のネットランナーで触れていたように、殊、サイトのアクセスカウントに関しては、もはや雑誌よりも他ニュースサイト、最近では子ニュースとか孫ニュースサイトとか言われるページからのリンクの方が重要だったりするのだ。
こういう状況で、サイトのアクセスアップを企図すると畢竟、そういったニュースサイトの目に留まりやすい、というか、そういうサイトで取り上げやすいネタちゅーことを意識せざるを得なかったりするわけである。

これをどう捉えるか。個人サイトってのは着本的にパーソナルメディアである。あくまで『オレ世界』を『オレと共有できる人』に向かって発信するモノだ。そう考えるとこの状況はよろしくない傾向だと言えるだろう。だって、本来想定すべき受け手の前に、もうひとつ、ニュースサイトの管理人、というバッファを想定しなければいけないわけだから。
あくまで、検索エンジンや、Webリングなど読み手の方々に『見つけていただく』のが個人サイトとしての本義なのではないか、ってあたりが個人サイトを巡る『べきである論』だろう。

だが、これは実はサイト運営側の傲慢ではないのか。

今現在、たとえばReadMeに登録されており、アクセスを計上しているサイトだけで10000からあるのだ。日本国内だけで個人サイトなんかいくつあるかわかったもんじゃない。
もはやネットサーフなんて悠長なものではなく、喜望峰周りでインドに胡椒を取りに行く、ちゅーか月姫オンリーイベントで大手の新刊を入手する位の覚悟がないと、もはやWeb上でお気に入りサイトを見つけるなんてできなくなってしまってるのだ。その中で『質の高いコンテンツさえ揃えれば、来訪者は自然に増える』というのは正論ではあろうが、あまりにも書き手がわに寄った考え方であろう、と思える。
こーいった事を考えたとき、現状における子ニュース・孫ニュースサイトの立ち位置が見えてくる。それは、Webコンテンツ、と言うか要はネタの流通産業、とでも言うべきものなのだ。

ニュースサイトというのは基本的に他サイトからネタを『仕入れて』陳列することでコンテンツを成立させている。ニュースサイトに要求されるのは1にも2にも、そのネタの鮮度と質だ。いいネタを集められるニュースサイトには当然アクセスも多くなる。
では、そのネタの仕入先、つまり大本のサイトは取られっぱなしなのかというとそうではなく、ニュースサイトからのリンクをたどって訪問者は増えるわけで、そのうちの何割かをリピーターとして取り込むことができれば自サイトのアクセス数を恒常的に増やすことができるのだ。より多くの訪問者を確保しようと思えば、やはりアクセス数の多いサイトに『仕入れて』もらう事はメリットが大きいのだ。

無論、アクセスカウントを稼ぐことがWebサイトの全てではないが、少なくとも不特定多数に自分の創ったコンテンツを見て欲しい、という動機で作られたサイトであるならば、アクセスカウントの多寡はひとつの基準となるはずだ。
そういったサイトを個人でやっていく、ということはコンテンツを充実させるという『製造』だけでなく、どうやってコンテンツを多くの人に見てもらうのか、といういわば『営業』を含めた『経営』であるのだ、多分。もはや。
そこでは、熱意が必要なのは当然だが、戦略や打算といった散文的なアレコレを意識しなくてはならない局面も出てくるはずだ。そのへんを潔しとしないサイトの管理人には辛い世情なのかもしれない。

この状況の良し悪し、是非はよくわからない。ただ、何だかずいぶん遠くに来ちゃったなあ、というのが、後2ヶ月ほどで開設3周年を迎えるサイトの主としては正直な感想だ。
ま、悩むのが似合う年頃でもないんで、そのあたりはまあまたボチボチやってきますんでまた変わらぬご愛顧を。


迷惑メール法案(2002.01.12)

この世の中には無くても誰も困らない、というものがけっこうあるが、その中の際たるもののひとつがいわゆるスパムメールであろう。

エロサイト覗きに来いだの、行方不明の人を探すだの、あなたは太っているから長生きできねえから何とかすれだのと言った、見たくもねえ内容を延々と送りつけてくるアレだ。これに対して、経済産業省が規制法案を2月までに成立させる、というニュースが流れている。さすがeジャパン。さすが骨太。ってなわけで内容を見てみよう。

http://www.zdnet.co.jp/news/bursts/0201/10/02.html

・・・経済産業省の役人ってみんな頭蓋骨の中はオガクズですか?どうもこいつら、スパムと他の商宣伝行為の違いを何も理解していないようである。

スパムが他の商宣伝行為と比較して極めて悪質なのは、その一方的な送付に加え、受け側の資産を、所有者の許諾なしに消費するという一点にある。事の発端となった携帯メールのパケット料金などが端的な例だが、PCで受信するメールでも事情はおんなじで、PCのHDDやトラフィックにかかるネットの課金など、受信側のリソースを所有者に無断で食いつぶす。

連中の首の上にのっかている帽子かけでも理解できるように説明するとだな、スパムメールってのは要するに料金着払いで届けられるダイレクトメールなのだ。
発送する事自体が、すでに一種の犯罪行為であるともいえる。
そんなモノの発送を、政府がお墨付きで許諾し、あまつさえその犯罪行為をやめてもらのに被害者が加害者にお願いしなくちゃいけない、ってのをどこもおかしいとは思えないのか。あいつらは。

さらに問題なのは、もし、この法律に沿って受信者側が受信拒否の要請を発信者に送ってしまった場合、そのメールアドレスが『生きている』ことを送り手側にさらしてしまう結果になる。結局、その業者の別のスパムが延々と送られてくる事になるのは火を見るよりも明らかである。また、そういった『生きた』メールアドレスをダミーのスパムで収集し、リストを他の業者に売りつける連中も出てくるだろう。

受け手側が、送信元の同定をすることはまず不可能。理論上はサーバをたどれば可能だろうが、プロバイダの協力を得なければならないことを考えると個人ベースではまずムリである。
細かい話だが、メールヘッダから、受け手側のプライバシーが漏洩してしまう可能性があるのも、非常に怖い。
ザル法という言葉があるが、これはザルどころか底の抜けたヒシャクも同然である。要するに、役所に取っちゃ国民なんてコウルサい舟幽霊といっしょなんだろうな。

もう一度問うが、犯罪まがいの行為の、加害者よりも被害者に負荷が増える法律をわざわざ制定してどうしようというのか。つくづくすばらしい国に生まれ育ったものだと感嘆せざるを得ない。

ただ、今回の法案で評価できる点がある。実はこの法律だと海外のサーバから送られてくるスパムは当然取り締まれない
。 現状、手元に届くスパムが半分近くアメリカからのモノであることを考えると、各国が連携して動かないといけないと思われるのだが、今回はそのような動きは無いようだ。

これは大いに評価できる。


なんとなれば、日本の役人がいかに無知・無策・無能で、カニミソが入ってる分オホーツクのタラバガニの方が数段高等な生き物である、という国辱を世界に晒さずにすむからだ。 あ、そっか。周知の事実だから今更言うまでもないって事っすか。いや深慮遠謀さすがですならいおんはーと様。


萌えについての覚書(2001.12.25)

いつも寄らせて頂いている『求道の果て』の日記の20日あたりに書かれている『世代による萌え差』の話をちと。

まず

>「萌え」について書きましたが、第三世代の方にとって第二世代のワシは、ヲタクとしてどの様に見える のだろうか。忌憚無い御意見を頂戴できればと。

勿論、第一世代や第二世代のヲタク、あるいは一般人や逸般人の御意見も戴ければ幸甚です。


ということについて第一世代の尻尾としてコメントすると、世代がどーあろうがオタクの消費構造なんて、ひとっつも変わっちゃいないんじゃねーの?というのが個人的な意見である。
今現在『萌え』と言われてるキャラクター偏愛はヤマトやガンダムの頃からあった。ただ、その当時でもアニメを語るのは作画や脚本、演出といった技術論を語るのが正道とされ、そーいうキャラクターへの愛を語る形でのコンテンツ消費は『ミーハー』と呼ばれ一段低いものとされていた。そーいうミーハーがいるから下らないロボットアニメばっかりになるんだ、とかな。パンコパあたりから宮崎駿語ってた連中(ファントーシュとかふゅーじょんぷろだくとの読者連な)なんか露骨にゴッドマーズのファン軽蔑してたもんなー。

これって『萌えギャルゲーなんてゲーム性がねーからクズ』『ギャルゲーがあるからドリキャスダメになった』ちゅーゲーマーと構造一緒で、もーそーいう意見をWebなんかで読むにつけ口の端を歪めて笑うしかないです。

実は、この話の端緒になっている『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 』(東浩紀 講談社現代新書)の論考の疑問点がこの辺に見えたりするのだ。

知ってる人は知ってると思うが、件の本ってのは思想書でありながら雫やらでじこやらAirやらの図版が乱舞する、ちゅーことでオタク界隈でちょい話題になっている本で内容はというと、『萌え』を中心としたオタク文化をポストモダン思想の文脈で読み解く、という趣向。ちなみに『動物化』というのは、『与えられた環境に抵抗することなく調和して生きていく消費者』という意味合いでけしてオタクはみんなケダモノであるということではない。

この論考のコアとなるのは90年代以降のオタク消費を、巨大な一元的情報群から自分の消費する情報を選び取る、という『データベース型消費』とする定義である。かいつまむと、ギャルゲーなんかの萌えパターンてのは一種の定型があって、オタクはそれに対しての順列組み合わせを消費することを選択している、という部分ことである。
いやこの消費構造自体の認識には賛同するんだが、これが『90年代以降』とか書かれるとちとハァ?となる。
確かに、この傾向がいわゆるオタクメディアとして台頭してくるのは90年代以降だ。だが、そこに実は重大な錯誤がある。どういうことか。

冒頭で東はオタク文化を『虚構への志向が強い』と括っているが、ほんとうにそうなのか。『オタク』の名付け親と言われる中森明夫はそのペンネームを見てもわかるとおり本来はアイドル歌謡をメインのフィールドにしていたライターだ。また、本書中でも言及されている村上隆のコラボレーションの仕掛け人の一人であるあさのまさひこも、モデルグラフィックスで『モモコ・キクチ中尉専用マラサイ』なんぞをやらかしていた重度のアイドルマニアでもあった。80年代前半のオタクシーンというのは、アニメだけではなく、実はアイドルタレントをも大量消費していたのだ。この『アイドル』というコンテンツは正にデータベース型の消費そのものではなかったのか。
アイドルタレントというのは今のモームスなんぞを見てもわかるとおり『オトコの好きなタイプ』のフォーマットの順列組み合わせである。そこには最初から消費すべき世界観や物語は存在しない。ただ単に事務所やレコード会社から提供されるプロフィール情報や商品情報の蓄積があるにすぎない。消費者は、雑誌のグラビアやライブの映像、CDなどから『自分の好みの女のコ』としてのアイドルタレントを脳内で形成してハァハァしていたのだ。
『おニャン子クラブ』は、そういう意味でキャラクターのバリエーションを一気に増やした、アイドルの『同級生』でもあろうか。順序逆だけど。ちなみに当時『城之内早苗が好み』とか言って驚かれたのはこのオレだ。いーじゃん。あーゆう地味でダサ目の娘好きなんだよ。閑話休題。

さらに言ってしまうと、オタクが好むものには、鉄道、車、ミリタリーと言ったメカニックな諸々もある。これらも、元々世界観とか物語とかが存在せず、スペック表という情報のプールが存在するだけである。必然的にデータベース型の消費を取らざるを得ない。

要するに、オタク文化というものは実は最初っからここでいう『データベース消費』を内包していたのではないか。それが、コンセプチュアルにマーチャンダイズされたのが90年代のエヴァ以降(というよりは『ときメモ』以降かもな)、というのが正しいオタク史観ではないかと思うのだが。

やっぱり第一世代の唐沢俊一が、常々エヴァに対するオタク外コメンテーターを批判して言う言葉に『エヴァがいきなり現れたわけではないのにその事をリサーチしようともしない』というのがあるが、これは東の今回の力作にも当てはまってしまう部分があるんじゃないのか。
とは言え、オタクカルチャーの正史についてはリファレンスそのものが存在しない以上、それを第一世代が責めるのはフェアーではないだろう。個人的にもそろそろ色々書いといたほうがいいのかなあ、とも思う。黒歴史化する前に。
というわけで河合理佳ちゃん萌えなのでときメモ3に戻るとするが(駄目やん>オレ)、最後にもうひとつだけ、やぱし、らじ氏の


>萌え萌えな人よりむしろ、古い ヲタクの方がキャラを偏愛しているような。執念深く。


だけど、そりゃあ、大東亜戦争生き抜いたおじーさんが『米残すな』とゆーのといっしょですがな。


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