おたじ 〜Raod of Otaku/OTAku oyaJI is No Dead!〜
日々雑事
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というわけでジオから出た。
まあ、経緯はあちこちでもう言われてるんで、繰り返すまでもないかもしれないが、とりあえずこちらがよくまとまってるんで、改めて事態を把握しておきたい方は参照されたい。
要は15日から改定のガイドラインの新規に追加された項目で『ジオのサーバにあるもんは、ジオが自由に使えて、それに文句を言えない』ということが法的に極めて明解な形で宣言されたのだ。
これが騒ぎになって、あらためてジオの方ではこんなQ&Aを作って対応した。
まあ何でもいいが、人をバカにすんのも大概にしろ、つー感想しか出ない。
このQ&Aで言ってる事ちゅーのは要するに『規約の文章は変えるけど、それを運用する気はないよ〜ん』つう事であって、ユーザとジオのコンテンツの所有関係が変わるわけではなく、実のところ単なるおためごかしに過ぎない。
まあそれでもとりあえず当面はこれでもよしとしよう。だが、より本質的な問題はこの規約の改定趣旨だ。上のQ&Aを読む限りでは『コンテンツをプロモーションに利用する際に、いちいち許諾を取ることは不可能だから変えた』という事らしいが、
ハァ?
ジオにスペース借りるときってジオ以外のメアドの登録必須だよなあ。つまり最低でもメールベースでの連絡はつくはずなんだがな。
例え雑誌の特集とかでサイトを掲載しようって時は、まずたいがいメールで掲載許可を聞いてくるし、基本的にはそれでとりあえずはすむと思うんだがな。
そもそも『法律的な所有権の無償譲渡』という極めて重大な項目の追加のある今回の規約改訂のお知らせメールひとつ回さないのはのはどういう訳だ?スポンサーのDMなんちゅうスパムまがいは毎度毎度送りつけてくるくせに。これってもう、不可能とか可能とかの問題ではなくて、やる気とか誠意とかの問題じゃないのか。まあ、ジオにとっちゃユーザなんてその程度のモンなんだろう。
結局コソコソ立ち回って既成事実を作る、というのがジオ=Yahoo!のビジネスモデルってヤツなんだろうか。これまでの経緯からするとそう判断せざるを得ない。ヤフBの解約の問題もあるしな。
このデンで行くと上記のQ&Aの内容だって、いつ、知らない間に反故にされるかわかったもんじゃない。もはやジオの言うことは何一つ信用するわけにいかない、というのが今回の移転の主たる事由だ。
まあ、サイトの10や20出て行ったところでジオは痛くもかゆくもない、と思ってるんだろうね。とりあえずは。ま、元気でやれや。
失った『信頼』の重みを、いつかどこかで知ることになると思うけどな。
まずは理不尽に人生を絶たれた全ての方々の魂が、せめて安からん事を心からお祈りしたい。
ちょうど2機目が突っ込むあたりをライブで見ちまったんだが、多分生涯忘れないだろうな。あの映像。
しかし『死ね』と言われたら、喜んで死ぬような人間が存在するって事を思い出した一件ではあった。そういう兵士を擁する陣営ならではの戦法ではあるよなあ。CIAがワザと泳がせていたたみたいな話も伝わってくるが、旅客機でカミカゼなんてのまでは、さすがに想像の外だった事であろうよ。最初見たとき、何の映画だ、と思ったもの。現実とはかけ離れすぎてて。
ところで今回、この実況に負けず劣らずインパクトがあったのが、『この同時テロの成功に欣喜雀躍するパレスチナの一般市民』の図であろう。
まあこれを見て腹を立てたちゅー人も多いと思うんだが、よく考えるとパレスチナって土地は基本的にずーーーっと紛争地帯のど真ん中で、それこそ民間人なんかの犠牲者は相当数に上るわけで、そーいう事態の元凶にあるアメリカがすっ飛んだのを見たら、歓声の一つも上げたくなるのもわからんではないのだ。
ただやっぱり人の死を見て歓喜できる、という風になってしまった人は哀しいと思う。思いを馳せなきゃいけないのはもちろんそうしてしまった元凶にある、というのも確かなのだけれども。
と、ここまではミンシュ主義な感慨である。だが、ここでもう一つ踏み込んで考えておかなきゃいけない事がある。それは、あの『映像』が何なのか、という一点である。
実は、あの映像というのは『歓喜するパレスチナの市民』の映像でしかない。それが何のため、という事は実のところ映像からはわからないのだ。まあ実際のところ、上記のような事情もあり、そういうもんであろうとは思うのだがそれにしてもなぜそのタイミングとして、かの映像が流布したのか、ということだ。
ここで考えてみよう。たとえば、『事件2日後の日本の風景』として岸和田のだんじりのビデオを流したらどうだろう。あの崩壊するビルや逃げ惑う人々に対して野放図な祭りを楽しそうに繰り広げる日本人。日本に対する印象はどのようになるであろうか。
つまりはそういうことだ。
少なくとも件の映像が、何の意図を持っていたか。その辺はちゃんと意識しておく必要があるだろう。
映像はけして『真実』を伝えない。今回のビデオでも、フレームの外では天を仰いで死者を悼むパレスチナ市民だっていたかもしれないではないか。そういう事を考えるのをやめた時、我々はあのジャンボに座っていたパイロットと同じ事になるのだ。たぶん。
ところで、件の事件を受けて『ダイ・ハード』が放映中止になったが(確かにありゃマズかろ)、個人的にはファーストガンダムの『ガルマ散る』とかもヤバげかと思った。
「XXXXに栄光あれ〜〜〜〜っ!」とか絶対言ってそうだし。
子供の記憶力とか色んな事について考えさせられた黒磯の事件だったが、これに関して週刊朝日の2001年9月7日号で、西堀岳路という記者様が大変独創的な記事をモノしているのでぜひ紹介しておきたい。
その記事は題して「藤田容疑者はオタク・ネットの有名人だった」。言うまでもないが藤田容疑者ってーのは例の夜ノ森君である。いやいいんだけどさ、このヒト確か前日発売の同社出版のAERAではオタクとしてもダメダメという評価だったはずなんだがな。ちなみに使用されてる図版は一緒なんで情報ソースは基本的に一緒だと思われる。
記事はとりあえず事件の概要、そして藤田君田中君の関係から趣味へと話が及ぶ。ここで最初に出てくるのが「ときメモ」にはまったという一点。まあ、100万本売れたソフトだからなあ。ユーザーにはそーいうヤツが一人くらいいるだろうと思うんだがここで西堀様が聞いた『ときメモ』というゲームは「美少女を自分好みに育てるゲーム」ということらしい。
・・・・藤田君がハマっていたのはオレが知ってる100万本売れた「ときメモ」とは違うゲームのようです。ときメモって自分が美少女の好みに合うように育成されるゲームだもんなあ。
その彼は中学の卒業文集に「昔好きだったTV」として「ママ4」とか「ミンキーモモ」を上げていたらしい。中学の頃のTVの好みがハタチ過ぎていいオトナになってからの犯罪にどう結びつくのか西堀様にはいつかじっくりと誌上で発表してほしいものだが、ここで藤田君は「同人誌を交換するコミックマーケット」というやっぱりオレの知ってる323ちゃんさまとかが壁に並ぶ有明のイベントとは違うイベントに出入りしていたらしい。西堀様がお聞きになったところによれば。
さて、そんなどこにでもあるような(オレ的には)青春を送っていた藤田君だったがIT革命の波は彼の元にも訪れる。そう。HPの開設だ。西堀様によればでマンガを発表していたらしい。マンガのタイトルは「ふぁいんえんじぇる」・・・えっとそれWebサイトのタイトルです。西堀様。
まあここで藤田君、記事タイトルにもなっている「オタク・ネットの有名人」となるわけだがその有名人たる所以は西堀様によれば「マニアのホームページに新人同人作家などと紹介されたり、先生と呼ばれてギャグのセンスがある」等と評された、という点らしい。・・・・そういう基準だとWebサイト持ってる人間とか同人誌出してる人間、ほぼ全員オタク・ネットの有名人だと思うがどうか。
どうも西堀様、Webとかネットワークとかに独自の見解をお持ちのようで、何やら 西堀様唐沢なをきの『電脳炎』の課長さんみたいな方なのであろうか。
ちなみに、この「ふぁいんえんじぇる」西堀様曰く『子供向けのテレビアニメの登場人物をまねたものらしい』そうで、オレの知る限り、羽リュックを背負ってうぐぅと鳴くイキモノが出てくるアニメってないような気がしたんだが。てーかサイトにあった「Kanon」とか「こみっくパーティ」って単語の意味調べようともしなかったのか。それで許されるんだったら2ちゃんねるへのカキコ並に楽な仕事だな。週刊朝日の記事書きって。
この後はありきたりな空想と現実の区別がつかないゲーム感覚の定番コンボの展開なのが画竜点睛を欠くポイントであるが、ファイナルファンタジーを美少女ゲームと断定する剛毅さなど、キラリと光る部分もある。さすが西堀様。
実は、『週間女性』の記事がそれどこではないトンデモだったんだが、まあ女性週刊誌なんてのは下衆が書いて下衆が読む雑誌だからまあそんなもんかなという気もするんだが、仮にも天下の朝日新聞の看板を背負った雑誌でこれか。雑誌記者って楽な仕事だよなあ。つくづく。
ちなみにこの記事、基本スタイルとして『聞き書き』というスタイルを取っている。このスタイルの利点は『内容にどんな間違いがあっても記事を書いた当人は責任逃れが可能』という一点だろう。『だって話を聞いたヒトががそう言ってたんだから』で全部すんじまうんだから。
ところでこの西堀様、Googleで検索すると過去には東大の女子トイレ盗撮事件の記事とかを書いているのが出てきたぞ。ロクなネタ振られないのか西堀様。二度と署名原稿書かないほうがいいんじゃないのか西堀様
。
今回の事件のコメントで今んところ最も卓見だったのはSPA!で神足裕司が書いてた「バカばっか」と言ってもらいたかったんじゃないのか、というものであろうか。さすがコータリン。ダテに蝶ネクタイしてないな。
なんと言っていいのか、人非人という日本語があることを久々に思い出した池田の事件ではある。
この事件では、犯人が精神病の患者を装って罪から逃れようとする、という怪奇大作戦の狂鬼人間を地でいっちまうよーな事があったおかげで、精神を病んだ人々の社会的な法規制の甘さが問題になっている。
しかしまあ、精神を病んで苦しんでいる方々や、そのご家族にとっても、実に迷惑な話でああろう。
これ、擁護する方も排除すべしって論調も『精神病』って単語をやたらと安易に使うけど、これって『胃病』つー一言で神経性胃炎から胃癌までをいっしょくたに扱ってるようなもんであろう。誰でも罹患し得る軽い精神分裂あたりと、他人に危害を加えるようなレベルの症状は明かに分離して語られるべきなんでないのか。
マスコミというか自称ジャーナリズムってのはそのへんの配慮を意識的にか無意識にか、ともかく無神経に使用することで、ある種の人々への社会的な排斥を助長している、という事を意識すべきじゃないのか。
で、なんでんな事を書き連ねているか、というと、だ。今回は薬物の使用者や精神障害者の方々に関してのことだったんだが、これで犯人の部屋から鬼畜系のエロゲーの一本も見つかったら、今度は矛先はこっち(オタク)に向く事は必至と思えるからだ。多分、一言『オタク殺人』で、夜中にちょっとアニメを見てるだけのキミも犯罪予備軍だ。
過去に先例がなかったわけじゃない。古手のオタクの方々は例の宮崎勤事件の時イヤな思いをした方もいらっしゃるのではないだろうか。コミケ会場のからの中継に『ここには10万人のミヤザキがいる』とコメントした、特に名を秘すが木村太郎(秘してない)なんてのもいたからな。
要は異常な事件が起こった時、それを為す可能性が自分の中にある、ということを認めたくない善良な市民様たちの精神衛生を保つためのスケープゴート作りなのだ。アレは違う人達、なのだ。オレはワタシは違う、っていう思いこみで安らぎを得たいんだよな。
けど、な。人間は壊れるんだよ。いとも簡単に。
人は人を殺せるだよ。いとも簡単に。
そーいう色んな事を隠蔽し続けた上にできてる平和で清らかな社会なんだよ。こーいう言葉は使いたくないんだが、「この国」はな。
このへんはちゃんと気をつけてウォッチしとかねえと、ヘタするといきなりパクられる可能性もあるからな。お互い気をつけような。同好の諸氏。
ところで、だ。この件でいわゆる「人権派」を非難する論調が各マスコミに立ってるけど、そーいう論が立つスキを与えてるのは、実は当のマスコミの偏見を煽る報道が一因なんじゃないのか。
今、マスコミで誤情報を流され、それで人格や名誉を傷つけられたら名誉回復の機会はほとんどないと言ってよかろう。数ページにわたって誤認に基づく記事を流され、それでダメージを受けたとしても、長い時間と労力をかけた裁判の末にページの隙間に数行「お詫び」を掲載させるのがやっとだろう。その間に、当の人物の社会的な地位は終わってる場合が多いんじゃないのかね。そういう無責任さが、ある種の人々に対する取り扱いを新潮もとい慎重にすべし、って言う論調に説得力を与えてるんだがな。
で、だ。マスコミがそんな自分たちの体質を反省する記事を読んだことがない。夜郎自大な強弁の末、最後には「報道の自由」「表現の自由」という逃げを打つんだよな。
なんだ。宅間といっしょか。