だ☆めーづ
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おたじ 〜Raod of Otaku/OTAku oyaJI is No Dead!〜
日々雑事

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どこに行くのか(7.26)



ブラックバスかお前は>コナミ。

えーっと何でも「ビジュアルノベル」の商標登録を申請したそうで、音ゲー特許とスポーツもんの使用権根こそぎさらっていったのにあきたらず、という表現にどうしてもなってしまう。

いや確かにライセンスを押さえて市場を独占し、自社シェアを維持する、というビジネスモデルはソフトウェア業界ではありなんだが、それってたいがい、いわゆるビジネスソフトとか基幹技術に類するもんで、ここみたいにエンターテインメント回りのあれやこれやについてってのはあんまり聞いたことがない。
実はゲームソフトという商品の性格とかユーザーの動向を考えると、どうなんだろうかちゅうのがある。

まず、大前提としてゲームというのは嗜好品であって、無ければ無いで困らないもの、であるということがある。このへん、例えばMSなんかの扱っているOSがらみの各種ライセンスとは事情が根本的に異る。
例えば音ゲーの事を考えてみても。確かに事実上コナミの寡占状態になっになったけど、流動しやすいアーケードの客層を考えると、特許権なんてもんはある日突然単なる空手形になりかねない。
これを空手形にしないようにするには、ゲームのバリエーションを増やしての市場の維持とかが肝要なんだが、この諸々を事実上コナミ1社でこなさなくてはならない事なんかを考えると果たして件の戦略が正解であったかどーかというのは微妙なトコではないか。

さらに家庭用ゲームみたいな趣味性の強い商品で、権利の独占による他社の排除が果たして売上にどの程度貢献するのか。たとえばワースタやTo Heartが好きな人間が、市場からそれらの商品が消えたとして、パワプロやときメモを買うのか。たぶん、買わない。下手するとかなりのユーザーがゲームそのものをやめてプレステを押入れに放りこむ可能性もある。

これ以上にヤバげなのは、実はこれらの一連がコナミブランドの実に効果的なネガティヴキャンペーンになってしまった事だろう。ゲームファンというのは意外にピューリタン的なところがあって、品質で勝負しないコンテンツを嫌う傾向が非常に強い。
メーカーとしてのコナミの技術力・企画力は高いと思うのだが、これから先、コナミはどんないい商品を作って売っても、汚いことをやってるんだから売れるのは当たり前というバイアスで見られてしまうのは避け難いだろう。
もちろんどんなメーカーでもあんなことやこんなことをやってるんだろうとは思うのだが、ここまで露骨に出されてしまうとねえ。使い古された台詞だが夢を売る商売でもあるんだからせめてディズニーなみにスマートにできんものか。

推測(かなり邪推だが)するに、どうもコナミって財務と法務方面の部署が社内で重きをなし始めているんでないのか。まあゲーム業界自体がどーこーって時代だから収益体質の強化ってのは企業としちゃ当たり前なんだが、そういう部署に配属されているエラい人ってたいがい、金勘定には長けてるんだけど商品特性やユーザーの動向とかいう部分には疎いんだよなあ。
先日、例の食中毒事件でヒンシュクを買った雪印の社長が財務畑オンリーの人だったのを思い起こしてほしい。顧客をひとっつもも意識できない人物だったでしょ?もちろん、財務部門は会社の維持運営には欠くべからざる部署であり、軽んじることはできないのだが、あんまりそっち方面だけ熱心なのもコンテンツで勝負すべき企業としちゃあんまりいいこととは思えないんだがなあ。

ま、企業は株主のみで生きるにあらず、ってとこですかね。




日本の誇り(7.13)



今出てる新しいSAPIOの特集なんだが、「世界に誇れる日本」って趣旨でもって、そこにゲームとマンガが取り上げられていて、こないだの同興の特集ではアニメなんかもあったんだが、この手のオタク文化ってさぁ、この雑誌のシンパが諸悪の根源にしてる戦後民主主義社会のでかいモラトリアムが育てた文化だ、っつーのわかってるのかなあ。

いや、簡単な話でな、今のいわゆる38度線がもう10度も南にズれた時の事を考えてみりゃいーんだが、そういう軍事的な緊張のデカい状況で「いい若いモン」に文化なんちゅうゴクツブシをやらせるほど肝要な社会じゃねえと思うんだがな。日本社会って。

いや個人の思想をどうこう言うつもりはないんだが、戦後民主主義がどうこう言って、日本の誇りがどーのこーのまくし立てる論客がその戦後民主主義の恩恵を目一杯享受してるような出版社の禄を食んでいて恥ずかしくないのか?

なあ。よしりんよう。




パラパラ(6.19)



何か巷で流行ってるみたいですな。要はユーロビートに乗っけて決まった手順の振り付けでダンスをするちゅうもん、ということらしい。いやオレ、オタクだからこういうCooool(笑)な話ってよくわからんのだが、本気でDanceしてるヒト達ってこれ認めてるのか?

これって要するにDDR(っていうかバスト・ア・ムーブあたりかもしれないが)なんだよね、基本的な考え方が。矢印が出るか出ないかの違いだけで。
本気になってる当の方々が聞いたら「そんなオタク臭いゲームと一緒にしないでよぅ」とか言われそうな気がするが、ある音源に対して、ある程度カッコ良く見えるようにプログラムされた動作を忠実に繰り返すことが目的なんだから、両者に本質的な違いはないと言っていいだろう。

だが、DDRは基本的には目押しゲームであって、ダンスそのものではない。MFSでどんなにフライトしようが、本物のジャンボジェットでレインボーブリッジをくぐれないのといっしょで、パラノイアのアナザーをどんなに上手くプレイできてもクラブでカッコよく踊れるとは限らない。そーいうモノと同一の方法論を受け入れたパラパラってほんっとにダンスというカテゴリに入れていいものなのか。 しかも、DDRはまだ動きをアレンジする余地があるのに対し、パラパラはその自由度すら存在しない。ある意味で、人間がDDRのプログラムそのものと化すのがパラパラなのだ。
矢印が出るか出ないの違い、とか上に書いたが正確に言うと自分自信をDDRの矢印相当品にしてしまうパフォーマンスであるといえる。

オレはダンスっちゅーカルチャーにはまるで無知なんでよくわかんないんだが、行きついた先がコレでほんとに正しいことになってるのか。個人的には仇花であってほしーというのが本音である。

だってこれ、結局、見えない同志首領様に向かって演じてるマスゲームだぜ。そんなモノがいる国になんか棲みたかないや。


素朴なギモン(5.6)



またぞろゲームのせいにされてるみたいだが、この手が出た時にいっつも不思議に思うのは、ごく一般的な生活を営んでいる場合、ゲームをやってる時間よりも、学校とか親とか過ごすとか塾で受験勉強してる時間の方が圧倒的に多いはずではないのかね。
それでもってなおかつたかがテレビゲームに、メンタリティを支配されるんであれば、それはそいつを取り巻く環境全部がボンクラだという事じゃないのか。

こういうことを言い出すヤツは、たいがい普通の社会生活とやらにお住まいの方が多いようだが、ほんとにゲームの影響で老婦人を平気で殺すようなメンタリティを備えたんだとすれば、それはあんたらが住んでる「普通の社会」の不具合であり、敗北であり、言ったあんたらが恥じ入らなけりゃいけないんじゃないのかね。

まあいいや。「安全」なプレイしかしないチキン野郎はTVゲームの世界だって嫌われもんだ。もういいから家に帰れよ。


年代記(4.24)


ちと諸般の事情で、職務経歴書なんぞというのを起こしてるのだが、これで困るのが、ある業務を何年何月からやっていたのか、というのが必要な場合である。
そこで役に立つのが「オタクな思い出」

確かこの仕事の徹夜明けで「ゴジラvsデストロイア」見に行ったよなあ、とか、出張先のホテルでオーレンジャー見たよなあ、とか確か長期出張中に出たばっかりのプレステ買ったよなあ、とかである。こういう思い出は資料を見ると正確な日付が出てくるんで、日付の特定には便利である。

けどなあ、冷静になるとオレの人生ってこんな事しかなかったのか?とかゆー考えが頭を巡るがとりあえず見なかったことにしよう。


ちかごろのなやみ(2.20)



萌え年齢の低下傾向が顕著

いやあ「あずまんが大王」の美浜ちよちゃん(10才の女子高生)にハマり状態っす。はづきっちといいオレどうしちゃったんでしょうか。
いや自宅から数十メートルに小学校があるんで、一朝時あったら別件逮捕確定かも。


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