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京子はなるべく左右を見ないようにして歩いた。こういう気分の時にこういう場所にい
るのは逆効果、ということを学んだだけでもよしとしなきゃね、などと自分を納得させ
つつ。そんな風にして歩いていたせいか、京子はいつの間にかテレビ塔を望む会場の外
れにいた。
さすがにこのあたりは人は少ない。テレビ塔の時計はあと1時間強で年が変わることを
告げていた。気分的にどうあろうと、絵的に大変よろしいポイントに出てしまうと、と
りあえずカメラを構えているあたりがサガではある。
時を刻むテレビ塔にズームしつつ、カメラは徐々にパンダウンしていく。やがてイルミ
ネーションの明りが映し出されると、今度はその光を収めるために、京子はゆっくりと
カメラを振る。そのパンしていくフレームに人影がインしてくる。この夜には珍しく独
り者の女性だ。
女性はどうやらビデオカメラで自分撮りをしようとしているようだった。しかもうまく
いかない様子で。つま先立ち気味で手を伸ばして上げたり降ろしたりしている。ジャマ
とは思わないが被写体にするようなものでもない。京子は撮影を一度止める。その瞬間、
「あ!」
そんなことをやっているうちにバランスを失ったのか、ファインダーの女性が路面に足
を取られ、激しく転倒した。
「大丈夫?」
京子は路肩に積まれた雪にしりもちをついた女性に小走りに駆け寄る。
「あ・・・はい・・・」
その、おそらく京子と同年代の女の子が、軽くウェーブのかかった前髪を整えながら
応える。今の事故で乱れたらしい。そして、次にもっと重要なことに気付いたらしく
頓狂な声を上げる。
「あ、カメラ!」
その女の子はあわてて手にしたビデオカメラを持ち上げる。雪の上だったのが幸いして
か目立った破損はないようだった。
「よかったー」
「えーと、カメラはいいんだけど怪我は?立てます?」
「あ、あはは、そうですね。まずそっちですよね」
女の子は、あ、というような顔をし、そして照れ笑いをして立ち上がる。
「そっちも大丈夫みたいね」
「はい。ご心配かけました」
その時、何かの電子音が鳴る。
「?」
彼女の持っているカメラからだった。
「え?こ、こわれちゃった?お母さんに黙って持って来ちゃったのに」
女の子はパニックになってカメラのあちこちをいじりまわす。どうも機械にはあまり強
くない様子だった。
「えーとえーと」
「・・・」
「えーとえーとえーと」
「・・・・・・」
「えーとえーとえーとえーと」
「・・・・・・・・・・・・・・・貸しなさいっ!」
ガマンできなくなった京子は彼女のカメラをひったくる。
「バッテリー切れっ!」
そして液晶の表示を一瞥し原因を即断、突っ返しつつ言う。
「え・・・あ・・・バッテリー・・・ですか」
「持って出る時にちゃんとチェックしなきゃダメじゃない!」
「は、はい。そうですよね。す、すいませんでした」
「・・・・・ご、ごめんなさい。ついウチの部員のつもりで大声上げちゃった」
「いえ。別に・・・でも何か、私も自然に謝っちゃいました・・・怒るの上手ですね」
「いや、そう言われると・・・」
「あ・・・すいません。別に悪気じゃ・・・」
そこで2人は顔をお互いに見合わせて笑った。京子は改めて相手を見る。ちょっと
幼い感じだが、目鼻立ちの整った美人だ。はにかんだ笑顔が、どこかアンティーク
ドールを思わせる。だがその笑顔はすぐにちょっと浮かない顔になる。
「それじゃあ、今日はもう撮れませんよねえ」
「何か大事なビデオなの?」
「あ、いえ大事ってことはないんだけど」
「彼氏にでも送るのかしら?」
玩具を見つけた子猫のような表情になった京子が尋ねる。玩具にされたほうは
「え、ええっと彼氏とかじゃなくて、いとこのお兄ちゃんで、えーとでもうお兄ちゃん
と呼ばないって約束して、それで、ええっと」
予想以上の反応に京子のほうが今度はちょっと困る。
「あー、とりあえずその『いとこのお兄ちゃん』に、今日のビデオを見せたい、とそう
いう事情でいいのかしら」
「あ、はい。ほんとは毎年、この日には札幌に来てくれるんだけど」
何とか通常モードに復帰したらしい応答が還ってくる。
「こっちの人じゃないの?」
「はい。今東京にいるんです・・・」
「・・・東京?」
「今年は忙しくて、どうしても来れないんで、それで」
少しの沈黙。
「・・・・せめてビデオだけでも、って事ねー」
応じつつ京子は自分のショルダーから予備の生テープを一本取り出す。
「了解」
自分のカメラのテープを入れ替えた京子がカメラを構える。
「え?」
「ほら。そんな顔しない」
驚いた顔に京子のカメラのレンズが真っ直ぐ向けられていた。
「いるのよね。東京に。こっちも」
「え」
「同じ境遇の者同士、大サービス。自主制作だけどこれでも映画撮ってるの。腕のほう
は信頼してくれていいわよ」
「じゃあ、映画の『監督さん』なんですか?」
「まあ、監督兼カメラマン兼脚本兼その他全部、かな」
「・・・長いから『監督さん』でいいです」
「で、どうするの?主演女優さん?」
ややあって、女の子はぺこん、と頭を下げる。
「はい、それじゃ・・・『監督さん』お願いしますっ」
次に上げた顔はほんとうにうれしそうだった。
「じゃ、始めようか」
京子はてきぱきと露出やホワイトバランスといった調整とカメラの位置決めをする。
「もうちょっと右に寄ってくれる?そう、そのへん。そこだと背景きれいに入るから」
「はい」
京子は移動した彼女の上半身をファインダーに捉える。
「じゃあ、撮るからねー」
・
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・
「・・・ねえ、写真じゃないんだから」
「あ・・・そうですよね」
・
・
・
・
「いやポーズ取るとかじゃなくて」
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・
「であいのまちこいがうまれるー♪って、歌うのもどうかなー」
・
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・
「でも、何かあらたまると緊張しちゃって・・・何やっていいのか・・」
京子は、カメラを下ろす。そして、今度は子猫をあやす親猫みたいな表情で語りかける。
「いい?カメラなんて見なくていいわよ。もちろんあたしも見なくていいわ」
「え?でも」
「ね。カメラのレンズってどこに繋がってると思う?」
「それは中のテープとか・・・フィルムとか・・・」
「違うの。カメラはね、観客の・・・あなたの姿を見てくれる人のところに繋がるの」
「あ・・・」
「あなたが、今の、今日ここにいるあなたを見せたい人って誰?あなたはその誰かを
見ればいいだけなの。わかる?」
「・・・・はい」
彼女がゆっくりと、しっかりとうなずく。
「よろしい!演技指導終わり!じゃあ、テイク2、スタートっ」
京子はまたカメラを構え、わざとオーバーに声をかける。フレームの中、今日の主演女
優は目をつぶり深呼吸をする。目を開けると、視線はまっすぐと京子の方を向いていた。
もちろんその先にあるのはもう京子ではないだろう。
そして、彼女の口から白い息といっしょに言の葉が紡がれ始める。
「お兄ちゃん・・・」
「もうちょっと、声大きく」
お兄ちゃん・・・・ごめんね。もう少しだけ、こう呼ばせて。
今年は、お兄ちゃんが来れなくて残念。お母さんもちょっとがっかりしてた。
でもね
京子はカメラを徐々にズームアップしていく。
安心して。私、全然寂しくないし、自分でも意外なんだけど、あんまりがっかりも
してないんだよ。
だって
やがてフレームは暖かい笑顔でいっぱいになる。
いい表情だ。私には、少なくとも今の私にはきっとできない。
そばにいてくれなくたって、お兄ちゃんの気持ちはずっとここにあるから。
あの、初めてのカウントダウンの日に貰った気持ちがあるから。
約束した幸せがあるから。
・・・なるほどね。カウントダウン済みか。
どこにいても、いっしょだよ。
だから、心配しないで。
だから・・・・
ファインダーの中、言葉がちょっとだけ、詰まる。あらあら、主演女優さん。その顔
したらNGよ。綺麗な瞳にハレーションが入っちゃうじゃない。さあがんばれがんばれ。
彼女は目を一度だけぎゅうっとつむると、花を咲かせるように開いた。そして、大きく
息を吸う。
おっと、クライマックス。
「また、会おうねっ!」
京子はカメラのズームを一気にダウンする。遠景のイルミネーションが、光の粒となっ
てフレームにバラ撒かれる。
まるで言葉が光になったように。
「はいカットー。オッケー、ごくろうさーん。よかったわよー」
「えへへへ、ありがとうございました」
カメラを下ろした京子に、照れ笑いが近づいてくる。京子はテープを確認しながら巻き
戻す。やがてモーターの回転音が止まる。
「うん。いいデキ。やっぱり女優がいいと違うわね」
「そう言われるとちょっと嬉しいです」
さらに照れた笑顔に、取り出したテープを収めたケースを手渡す。
「えーとテープ代とか・・・」
「サービスって言ったでしょ」
「でも、悪いですよ・・・」
「うーん、じゃあ・・・」
「はい」
「・・・一つ、確認させて」