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本年も残すところあと6時間あまりとなりました。皆様にとって2003年はどのような年
だったでしょうか。まさに激動のと
ぷつん
白い指先が押したリモコンのスイッチが、全てが『ありふれた』という言葉で構築され
ているようなテレビ番組の光と音を部屋から消し去った。
「・・・・・」
マンションの一室には溜息と暖房器具の作動音が残った。
溜息の主はヒマであった。自室で年を越す独り暮らしの大学生の大晦日がヒマ、という
のは天地開闢以来の宇宙の法則である。
それは神をも畏れぬ、というか必要があれば神をも怒鳴りつけるであろう北海道大学・
シネマ研究会の女傑、朝比奈京子においても逃れられざる真理であった。
京子はもう一度溜息をつくと軽く伸びをし、あたりを見回す。見慣れた部屋。ここで
迎える年の瀬も3回目である。
普通の下宿住まいの学生だったら帰省のひとつもするところなのだが、彼女の場合、両
親が夫婦で海外に居を移す際に思い切り良く実家を処分して行ってしまったため、必然
的にこの札幌の自室で女ひとりテレビの除夜の鐘を友とする、ということになるのであっ
た。
もっとも今までは別にそれでも特に何も感じたことはなかった。一人でいることは嫌い
ではなかった、というよりもどうでもいい下らない連中との付き合いで時間を潰すより
は全然マシと思っていた。
けれど、今年は違っていた。
去年まではまるで意識することがなかった『ひとり』の重みが、今年は明らかに増して
いた。
京子はまた溜息をつく。そしてその場にごろん、とあお向けになり、その周りに人型に
配置された各種生活用品の山から、手探りで携帯電話を見つけ、取り上げる。
いくつかの操作で一つのナンバーをメモリから呼び出すと、発信キーに親指を置く。
京子はそのままその番号を見つめ、何度目かの溜息と共にキャンセルボタンを押した。
「彼、年末までバイト、って言ってたよね」
さっきまで液晶パネルに浮かんでいた名前は東京の、今年の夏ふとしたきっかけで知り合っ
た青年だった。
その時はそれほどとは思っていなかった。行きずりの出会いの気持ちなんかいつまで続
くものかわかりゃしない、とすら思っていた。
短い夏が過ぎ、秋になった。
電話とメールでのやり取り。近くなっていく心の距離。埋められない物理的な距離。
連絡があった。2月にはまた来る、と。そしてこの休みは旅費を稼ぐバイトでちょっとだけ
疎遠になる、とも。
でも、『ちょっと』ていうのはゼロの事じゃないでしょ。
何のバイトをやってるのやら。彼、調子いいトコあるからな。バイト先に誰かいるんじゃ
ないの?
「・・・・・」
京子は携帯を放り投げた。そんなことを考えるのも、考えた結果も、そしてそれを考え
てしまう自分も全部イヤだった。
それでももう自分の溜息を聞くのはなしにしたかった。溜息をやめればいいのだが、
それは無理っぽかったのでやっぱり手探りでラジカセのスイッチを入れた。
FMラジオから流れてきたのは、最近はやりの冬のラブソング。そして曲が終わると女性
DJが軽快な喋りを始める。
・・・曲は川原鮎で『いとしのスノーマン』でしたー。2003年も今日で終わり。皆さ
んにとってどんな年でしたかー?私は夏にちょっといろいろ大変だったんですけど、
何とか無事にこうして年の瀬を迎えられたんで、きっとラッキーだったんですよねー。
ああ、そういやこのDJさん、ストーカー騒ぎで刃傷沙汰になったんだっけか、などと取り
とめのない考えが浮かんでは消える。
いつごろだっけ、そう。確か、あの彼と会った撮影旅行のあたりだったかな・・・・。
やっぱり考えはそちらにしか向かわないようだ。今度の溜息は思惑通りラジオがかき消
してくれた。
・・・今日はイルミネーション・カウントダウンで年越しKISS!なんてハッピーな方々
も多いんでしょうかね。私は実にサビしいことに仕事なんですよー。というわけで
明日1月1日の朝10:00からお送りするお正月特番・・・
確かそんな催しもやってたわね。そういう浮ついたバカ騒ぎは好きじゃないけど、
いつまで札幌に住んでるかもわかんないから話のタネに一度くらい見に行ってみようかし
らね。ま、何よりこのままだと自分の吐き出した溜息に溺れちゃいそうだしね。
京子はラジオを消し、体を起こした。
「さて、っとカメラは友達さ!」
マフラー。コート。手袋。そんなこんな。小一時間ほどの身支度の仕上げに、京子は昔
流行ったアニメの台詞みたいな独り言をつぶやくとハンディビデオカメラをひとつ、
ショルダーバックに詰める。そして忘れ物がないか部屋を見渡す。さっきまで京子が
いたあたりに転がっている携帯が目に入る。少しだけ、迷う。
「ま、使わないと思うけどね」
京子はその小さな機械を拾い上げると無造作にポケットに入れた。
札幌の街は2003年最後の夕闇に覆われていた。
地下鉄の駅を出ると、真冬の外気が顔に刺さってくる。それでも今年は暖かい分で、
この時間でも先日来の雪が降り積もった路面は完全に凍結していなかった。
京子はテストをかねて大通公園にカメラを向けてみる。ファインダーの中を行き来する
のはやはり若いカップルが多いようだ。みんな今日の年越しのKISS、とやらのために来
ているのだろうか。
イルミネーション・カウントダウンで年越しのKISSをした恋人達は永遠の幸せが約束さ
れる、だっけか。撮影を一段落させて、食事と時間潰しをかねて入った喫茶店でも高校生
らしい一団がそんな話をしている。
確か昔は『イルミネーション・カウントダウンを見たカップルは別れる』って話だった
ような気がしたんだけど、その後どこでどう逆転したんだろう。まあ、しょせん恋のお
まじないなどというのはそんなもの。信じるものはひょっとしたら救われるかもしれな
い、という程度のものだもんね。
そういえば高校の頃、やっぱり恋のおまじないをしていた友人にさんざんケチを付けて
泣かせたことがあったっけ。
別に相手を諦めろ、と言ったわけではなくそんな非合理なことをするくらいならちゃんと
相手に気持ちを伝えろ、と言ったつもりだったのだがどういうわけか大騒ぎになって、
大変な目に会った。
後にその彼女の思っていたひとが、内地に転校していった男子だった、という事を知っ
た。その時でもまじないなんて馬鹿げてる、と思ったし、だいたいそんなことしたって
物理的に会えない人間の気持ちなんかどうしようもないじゃない、などと(さすがに口
には出さなかったけれども)思ったものだ。
そして今現在でも京子はその恋のおまじないを認める気はないし、それを間違っている
とも思っていない。
ただ因果応報、という日本古来の概念に関してはいささか考えを改めつつあった。もち
ろん、携帯に呼び出しては消すあの電話番号を眺めながら、である。
携帯から目を上げると、いつのまにか店内に『お一人様』は自分だけになっていた。
立場としても、頃合としても引き上げ時になったようである。
「うわ」
外に出ると、明らかに鋭さを増した空気が京子の顔を包んだ。どうも喫茶店で過ごして
いるうちに急に気温が下がったらしく、歩道はシャーベットから完全なアイスバーンになっ
ていた。相応の準備はしてきているものの、やはり足元にはそれなりに注意して歩かね
ばならない。
この寒さでは、夜半には上空に垂れ込めている雲の成分が固体化しつつ降り注ぐのはまず
間違いない。
テレビの中継車が入っていたようだから、おそらく家のコタツで年を越す善男善女たち
には、温度を送信することが出来ない原始的な電波技術に感謝しつつ、ファンタスティック
な越年の風景を堪能することだろう。
残念ながら、ここはコタツのある部屋ではなかった。京子はマフラーとコートの襟を整
える。そして輝く光に染め上げられた道を大通公園へと歩き始めた。
公園のそここにはすでに年越しを仲間で騒いで過ごそうというグループや、恋人たち、
それ未満かもしれないような男女のペアが陣取っていた。
そんな人々を照らすのは公園の樹々に輝くイルミネーションである。雲に閉ざされた空
の下では、それはまるで星座をそのまま飾り付けたように見える。
京子はそのきらめきをカメラに収めていく。画としてはほんとうに申し分のない被写体
だ。その間を笑い、語らいながら過ぎていく人々すらもそんな地上に出現した天球儀の
一部であるかのようだ。
いや、たぶんそこを行き交う人々がいなければ、この光景は美しいが寒々としたものにし
かならないんだろうな、と京子は思い、次に去年までだったら、いや今年の夏がなけれ
ばそんな事を考えもしなかったんだろうな、と思った。
そんな思いを知ってか知らずかフレームを通り過ぎていく2人。2人。2人。京子はカメ
ラを降ろした。
「これだけ人がいるのに、何で肝心な1人がいないのかしらね」
京子はつぶやく。いや、つぶやいたつもりだったのだがそれは思いの外大きな声となっ
て飛び出していた。京子は左右を見回すと慌ててその場を離れる。よく考えればこの雑
踏の中そんな言葉を誰が聞いているはずもないのだが。
彼女自身以外には。