Ready!Madonna
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「どうぞー」 ドアの向こうから「少し片付けるから」と言って先に部屋に入っていったまふゆさんの 声がする。 「おじゃましますー」 あたしは頭をぺこんと下げながら部屋に入る。 ワンルームじゃない、普通のマンションの一室ほどの広さの部屋だ。はシングルのベッド のほかに、ソファやスツール、それに化粧台といった調度品がしつらえてある。 ホテルの格、とかそういうことはよくわからないが、少なくとも「安宿」という範疇に 入るような部屋ではない、ということは確かなようだ。 「バスルームそこだからー」 「あ、はい」 「はい。ハンガー」 「あ、すいません」 あたしはスーツを脱いで、まふゆさんが手に持っているハンガーにかける。気配りが上手 な人だな。美人で気が利いて、ほんとにあたしなんかとが大違い。同じ女なのに不公平だ よねえ。 そう、女どうしのはずなのに。 どうもさきほどから奇妙な心臓のざわめきが抑えられない。いったいこれは何なんだろう。 どうする?恋のライバル出現かもよ>彼 …バカなこと考えてないでさっさとシャワー浴びてしまおう。
広めの浴室であたしは頭から熱いお湯をかぶり、前髪のあたりを念入りに洗い流す。 やはり髪の毛や額に張り付いていた異物が洗い流されていくのは気持がいい。 でも、 せっかくがんばったのになあ。 シャワーの雫で曇った鏡には、ぺしょんとなったあたしの前髪が映っている。 ため息が湯気に混ざって昇っていく。 そこから視線を移せば、イヤでも目に入ってくる貧相なカラダ。まふゆさん、とまでは いかなくとももうちょっとこう、何ていうの?メリハリがほしいよなあ。 家業を生かして乳製品は人並み以上に摂取したはずなんだけどなあ。なんだか肉じゃ なくて全部骨を太くするほうに回っちゃった感じー。 正直、あの人どう思ってるのかなあ。いまだに年齢差以上に子ども扱いされてるのは、、 やっぱりこの体型のせいなのかなあ。 今度こそはオトナのお付き合いを、と意気込んできたんだけどなあ。今回は。 と、ブルーになったところで今更どうなるよなもんでもない。あたしは、そんな気分も いっしょに流れていけ、とばかりにもういっぺん熱目のお湯をざーっとかぶった。 脱衣場に戻ったあたしは備え付けのタオルでわしゃわしゃと頭を拭き、ドライヤーに手を 伸ばす。かたん、と何かが手に触れる。シェーバーだ。ムダ毛処理用、ではなく普通の 男性用のものだった。 ?とは思ったけれどまふゆさんも恋人と待ち合わせだったな、と思い出した。きっと その彼氏用なんだろう。このホテルでどんな夜を過ごすんだろう。 ステキな夜、なんだろうな。 ……… って、そんな事妄想してる場合じゃないや。あたしはそそくさとドライヤーのコンセントを 電源に差し込む。あ、そういえばヘアブラシ持って入るの忘れちゃった。 赤の他人の部屋でちょっとお行儀が悪いよなあ、と思いつつあたしはバスタオルを体に 巻いて浴室のドアから顔を覗かせる。 まふゆさんはベッドに腰掛けてでなにやらあたしのスーツをチェックしている。 あれ? その光景にあたしは微妙なひっかかりを感じる。 「あら、もう上がり?スーツの方、ざっと見てみたけどシミにはなってないみたいよー」 「すいませーん。何から何まで気を使ってもらっちゃって」 「いーのいーの」 ほんとによく気がつく人だ、とまた色んな感情を抱きつつあたしは本題を告げる。 「すいませーん。あたしのポーチ取ってもらえませんかー?投げてくれていいですからー」 「はーい。これね。壊れ物はいってなーい?携帯とか」 「あ、それは平気ですー。携帯はこっちですから」 「りょーかーい。じゃあ遠慮なく、ほい、っと」 という意気込みにも関わらず、まふゆさんの遠投力はいまひとつ足らなかった。ポーチは 伸ばしたあたしの手から、5センチほど先にぽとりと着地した。 「あら、ごめんなさーい」 まふゆさんが立ち上がって、てとてととこちらに走ってくる。 「あ、だいじょぶでーぇぇぇぇええええ」 あたしはバスルームから体を出さずにポーチを拾おうとした。そして自分のリーチのなさを 今更ながら思い知りつつバランスを崩した。 「……えす」 語尾はカーペットの毛足に埋まった。 「……だいじょぶ?……ほんとに?」 「……う、ウソかも」 床に突っ伏したあたしのそばに人の気配。目を上げたあたしの前にはまふゆさんがひざま づいていた。 「ふにゅー」 あたしはウチの年寄り猫みたいな声を出しながら立ち上がる。 「ケガはないようね…あ…」 助け起そうと差し伸べたらしいまふゆさんの手がふ、と止まった 「そのう…タオル…」 え?言われてあたしは今、あたしのあまり立派とはいえないボディを覆っている唯一の 布を確認する。 ……ひえええええ。 外に顔出すだけだと思ってぞんざいに巻いた結び目が、転んだ勢いで完全にほどけていた。 このまま立ち上がるとタオルは確実にはらり、とあたしの足元に落ちることになるはずだった。 「あ、す、すいませんっ!」 あたしはあわてて前を押さえながらバスルームに引っ込む。何だか背中とかその下のほう とか見られたような気もするけど、別にそんなに凸凹してるわけじゃないから見て面白い もんでもないし、そえに、まあ女の人だからいいか。 そう、 相手は女のひとなのになんであたしはこんなに恥かしがっているんだろう。 なんと言うのかリクツじゃない、どこか奥の方でざわざわと動く感覚が、あたしの顔に 血を上げていた。 嫉妬、なのかもなあ。 タオルを前にぶら下げただけの姿で姿身の中に立つ自分を見てあたしはそんな事を思う。 でも、ちょっと違う気がする。ほんとになんなんだろう。この変な気持は。 ああ、いけないけない。あんまりぼーっとしてる時間はないんだっけ。 結局、ヘアブラシを取っていない事にあたしは気付いたが、何だかもう今更取りに戻るのも 気恥ずかしかった。 ドライヤーは服を着てからかけよう、と決め、あたしは下着とワンピース、そしてスカートを そそくさと身に着け、部屋に戻った。 「すいませーん。鏡台お借りしまーす」 「どうぞー」 あたしはドライヤーを持って鏡台の椅子に座る。鏡の向こう、つまりあたしの後ろでは まふゆさんがベッドに腰掛けてスーツをブラッシングしてくれている。そのさらに向こう の窓からの光が、まふゆさんの姿をシルエットにしていた。 そのシルエットと自分の姿形を見比べる。 はあ。 小さなため息。 やっぱり不公平だよなあ こんな人の彼氏ってどんな人なんだろうな、と思って鏡の中のシルエットをもう一度 見つめた瞬間、先ほど感じたひっかかりが唐突に解けた。 「あ、ベッド」 「え?なぁに?」 しまった。声に出しちゃった。。 「ベッド、どうかした?」 鏡の中のシルエットが手を止めずに、ちょっとだけこちらを向く。 「あ、いや、そのう」 「なあに?」 あたしは振り向かずに言った。 「えっと、彼氏と一緒にお泊りなのに……お部屋、シングルなんだなあ、と思って」 いや、正確に言うと振り向けなかったのだ。 ! 鏡の中の影が止まった。 表情はよく見えない。長いような短いような沈黙。あたしは何か触れてはいけないところ に触れたのだ、と直感した。