Missing,Missing
Page2
Jump To 1 2 3 4 5 Liner Close Home


2
「えーと、おなまえは?」 「さやか」 玄関に立っていたのは、先ほどのスーパーの女の子だった。どうもあそこから気付かれ ないようにずっとついてきたらしかった。何にせよ、寒空の下に出しておくわけにもいかず、 明理は少女をとりあえず部屋に入れた。マフラー、コート、手袋といった防寒着を脱がせ ると、下は幼稚園か保育園の制服らしいスモック姿だった。明理は少女の冷えた体をこたつ へと入れてやる。 「さやかちゃん。おうちは?」 「おうち さがしてた」 「迷子?」 「そうじゃなくて、おうちさがしてるのー」 どうも要領を得ない。質問の方向を変えてみる。 「おうち、こっちなの?」 「おねえちゃん、さやかのおうちしらない?」 「うーーん・・・知らないなあ」 今ひとつ対話にならない。そもそも少女は好奇心が強いのか、あたりの雑誌やパンフレットを せわしなくいじりながらの会話だ。どこまで本気で受け答えしてるのかでさえ定かでは なかった。 順当に考えればあのスーパーで親御さんにはぐれて、たまたまみかけた明理の跡を付いて きた、というところか。ともかくしかるべきところに連絡する必要があるだろう。 さいわいスモックの名札には保育園の名前があった。とりあえずそこに電話をしてみよう と立ち上がりかける。 「あーきれい」 先ほどの着替えの時に、コタツの上に置いた、形見の金のペンダントを少女は目ざとく 見つけていた。 「あ、ダメっ!それは」 反射的に明理は大声を出し、少女の手元から思いっきりペンダントをひったくっていた。 「え・・・あ・・・う・・・」 その瞬間だった。それまでいたずらな小動物のようだった少女の表情が、たちまち崩れた。 「え・・え・・あれれ・・なに?」 「うあああああああああん!」 そして火のついたように、という表現そのままに泣き出してしまった。 「あ、あ、ごめんなさいっ!別にそんなつもりじゃ!」 明理は突発事態にどうしていいかわからず、とりあえず少女の頭をなでる。 「ごめんなさいね。大声出しちゃって」 「・・・いたいこと、しない?」 少女はしゃくりあげながら、震える声で聞いてくる。 「え?・・・しないよ。そんなこと」 「・・・ぜったい?」 「うん。ぜったい」 「じゃあ、いまのおかあさんよりやさしいね」 「そうなの?ありがと」 今のお母さん?どういうことなんだろう。いぶかりつつも明理は、またご機嫌をそこねない ように少女に微笑んでみせる。 「だいじなものだった?」 涙をぬぐいながら少女が聞いてくる。 「うん。だからさわらないでね」 「かれしからのプレゼント?」 「な・・・・なななななな」 「えへへへへ」 奇襲を受け、うろたえる明理から体を離した少女はもう笑っている。 「まったくもうっ」 少女は明理のそばからぴょん、と飛び出し、またそのへんにあるものにちょっかいを出し 始めた。 「ふう、ってそうだ電話電話・・・」 明理は自分がやりかけていたことを思い出した。立ち上がって電話台に向かおうとする 明理の腰に軽い力がかかる。 「なあに?」 見下ろすとさやかが服のすそをつかまえていた。 「・・・おなか・・・すいた」 そういえば夕食がまだだった。 「おうちに電話してからね」 「・・・おなかすいた・・・」 少女の表情にまた危険な兆候がみえる。明理は小さく嘆息した。 「じゃあぁ、ちょっと待っててね。すぐに用意するから。それ食べたらおうちに帰りま しょうね」 「・・・ないもん」 「え?」 さやかがなにか小声でつぶやく。明理が聞き返すと、少女は 「ごはんー」 と、また食事の催促になる。 「はいはい」 明理は苦笑しつつ台所に立つ。 とはいうもののそれほど長く留めておくわけにもいかないだろう。何か手早くできるもの、 と考える。そうだ、確かあれの買い置きがあった。 「さやかちゃーん、ヤキソバでいーい?」 「うん。やきそば、すきー」 「じゃ、すぐに作るからねー」 「はーい」 面倒なことになったかな、と思いながらも明理はなぜかうきうきしていた。キャベツや タマネギを刻み、フライパンに油を引き、具を、そしてソバを順番に炒めていく、こんな 何でもない手順ひとつひとつが、むしょうに楽しかった。 「ねー。まーだー?」 「もうちょっとー」 「さっきからもうちょっとばっかりー」 「我慢しなさーい」 「・・・はぁい」 明理は昔、これと同じような会話をしていたことがあるのを思い出す。その時は明理は、 今さやかのいる場所にいた。そして、ここに立っていたのは なんかお母さん、みたいよね。私。 「ねえ、これミッキー」 「え?」 明理はちょっとだけ振り向く。さやかは、ディズニーランドが表紙になっているガイド ブックを見つけたらしい。 「こっち、ドナルドー」 「そうねー。よく知ってるわねー」 明理の視線は、またフライパンへ。 「ねえ、ディズニーランドいったことあるー?」 「まだないのよー」 「さやかもー。ねえ、いってみたいー?」 明理は今度は振り向かない。ただ、手だけが止まる。 「そうねー・・・いつか行けたらいいねー・・・」 それだけ言うと、止まった手はまた動き始めた。