Fairy's Glow
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ふるさとの夢を見た。 ダイニングに座る私。 皿一杯の母の手作りお菓子 そして向かいの席には、誰かが座っている。 ! それは親友だった。 絆を断たれたはずの親友だった。 親友はさびしそうな表情をしている。 「きょうは滑りに行かないの?」 返事をしようとしても声が出ない。 力いっぱい叫ぼうとしたところで目がさめた。 夢を見ながら泣いていた。

「おはようございまーす」 「おはよー」 バイト先の店の事務所に入ると、いつものように庶務のお姉さんが挨拶をしてくれた。 ちょうどコーヒーを飲みながら一服しているところだった。お茶請けにしているのは先日、 私が差し入れたクッキーだった。 「あ、明理ちゃんの手作りクッキー、ありがたくいただいてるわよ」 「どうぞどうぞ。で、お味はどうですか」 「うん!最高。正直、ウチのお店で売ってるものよりおいしいくらい」 さすがに言葉のうしろ半分は少し声が小さくなったけれど、お姉さんは喜んでくれている ようだった。 「そんな…大げさですよ」 と口では言いながらも、私は表情がゆるむのを止められなかった。 あわただしい生活の中、お料理とお菓子作りは私のささやかな楽しみだ。腕の方はまだまだ だと思うけど、それでもほめられるのはうれしい。 「将来はこっちのお仕事につかないの?パティシエとか」 ! 「うーん…まだ先のことですし…あんまり考えてないです」 コーヒーを啜りながらのお姉さんの問に、心臓が少しだけはねたのを隠して、私は答えた。 「あ、原田さんおはようございまーす」 「あ、おはようございまーす」 私と交代するシフトのおばさんが事務所へと入ってきた。 「申し送りは今日は特になし…あ、そういえば」 「どうかしましたか?」 「昨日の外人さん、またお店に来たわよ」 「え?」 妖精さんだ。 「それで、何かお菓子を探してたみたいだけど、うちでは扱いがなくて…」 「どんなお菓子です?」 「なんでもシナモン味の…なんか難しい名前の…ビンター?」 「…それで?」 「ありません、って言ったらすごくがっかりした様子で出て行った」 「…」 昨日妖精さんが見せた眼差しが、また、浮かんだ。 「あー、そういえば」 そばで話を聞いていたお姉さんが軽く手をぽん、と叩く。 「あの外人さん、あたしも見たような気がする」 「どこでですか?」 「えっとねー、グリーンパーク……なんだか誰かを探してる、みたいな感じだったよ」 !
探し物は見つからなかった。 それはあのひとが思い出させてくれたもの そして異国の街にあるはずもないもの それはあの場所につながるもの もう、なくしたと思っていたはずの場所に 二度と戻れないと思っていたはずの場所に 私は、どこに行きたいのだろう 私は、何をしたいのだろう 私は、私は…

「これだったかな」 その日、私は帰宅すると食事もそこそこに表紙にムーミンが描かれたレシピ集を本立て から取り出した。 シロップや溶かしバターの染みのあるページをめくり、そこに載っている材料と、台所の 棚を見比べる。うん。これなら間に合いそうだ。 材料を混ぜ合わせ、こね、そして形にする。学校や仕事で疲れているはずなのに、ぜん ぜんそんなことは感じない。 もちろん、好きなお菓子作りをしているというのもあるのだけど、それとは別のウキウキ 気分。こんなことは久しぶりだ。そのウキウキに一段落がついたところで、私は両親に お線香を上げるのを忘れていた事に気付いた。 いっけない。 粉だらけの手を洗い、マッチで火をつけた線香を立て、遺影に手を合わせる。 小さいころにお別れしたお母さんと違って、お父さんとはついこないだまで一緒だった。 そのせいかまだ実感がわかない。こうしてる間にも、茶の間から食事に文句を言う声が 聞こえてくるような気がする。『こんなにウサギみたいに野菜ばっかり食えるか!』とか。 でも文句を言いながら、いつもおいしそうに私の料理を食べてくれたお父さん。あの顔 を見ると、バイトの疲れも吹っ飛んだっけ。 私の目に、しばらくぶりに熱いものがあふれる。 「あ…」 私は唐突に、さっきのウキウキの正体がわかった気がした。 そして、次に妖精さんの悲しそうな瞳をまた思い浮かべた。 そっか…そうだったよね…でも……東京かあ…
「父からのメールですか」 「え?伝言?私にですか?」 「あ、ありがとうございます…えっと、英語じゃなくてフィンランド語ですね」 ! 「…いえ。何でもありません。元気ですか?とかそんな感じの内容でした」 「そうですね。この旅行が終わったら一度帰ってみます」 「わかりました。私はもう少し起きています。考え事がありますので… いえ。だいじょうぶですよ。つまらないことですから」 「はい。おやすみなさい」 …この、日本のクラブで?…

「んっ…」 背伸びをして見上げた空を、秋の形の雲が流れていく。いい天気だ。こういう日にバイト も学校もお休み、というのはそれだけでも幸せな気分だ。 私は、グリーンパークのベンチに座っていた。ギネスブックに載ったとかいう長いベンチだ。 私は人を待っていた。別に約束をしていたわけではない。けれど、ここでならまた会える、 なんとなくそんな気がしていた。 緑地を楽しそうに行き交う親子連れや恋人たちを見るとはなしに眺めていると、そばで声 がした。 「あのう、お隣よろしいですか」 「はい。いいですよ」 妖精さんだった。 「どうですか?帯広は」 「…はい。素敵な街だと思います」 「そうですか。今日は、どんなご用ですか?」 「…なんとなく…また、会えそうな気がして」 誰かと同じような事を考えたようだ。あ、そうだそうだ。肝心な事を忘れていた。 私は、そばに置いていた袋を取り上げる。 「よろしかったら味見していただけますか?」 「え?」 妖精さんが袋の中身を一つ取り出す。そして、それを見て目を丸くする。 「これは…」 「はい。カル…プー…えーと、その、『往復ビンタ』です。レシピを見て作ってみたんです」 「…どうして」 「うちの店に探しにいらっしゃったと聞きまして」 妖精さんがさらに目を丸くし、そして 「あ、ありがとうございます」 「どうぞ、召し上がってみてください」 「はいっ…」 妖精さんは、そのかわいい口元に私の作った『往復ビンタ』を運ぶ。 「どうですか?」 「…おいしいです」 けれど、その言葉とは裏腹に、妖精さんの表情はあまりすぐれない。やっぱり。 「違いますか?お国の味と」 「あ、いえ、おいしいのですけれど…」 「違うところがあれば遠慮なく言ってください」 私はメモとペンを取り出す。それを見た妖精さんが、不思議そうな顔になる。 「あのう…」 そのまま次の言葉が出てこないようだ。 「私、こう見えてもパティシエ志望なんです」 「パティシエ…お菓子を作る職人さんですか?」 「はい」 あ、なんか私断言しちゃった。 「お菓子作るの、お好きなんですね」 「はい。それはもちろんなんですけど」 出会っていくらも経ってない人なのに、なんだか聞いてほしくてしょうがなかった。 「私、私の作ったお菓子で、みんなが笑顔になるのが大好きなんです。さびしいこととか 辛いこととか、世の中にはいっぱいあるけど、そんな時私のお菓子で元気になってくれ たらな…そんな風に思うんです…えへへ。ちょっと大げさですよね」 「いえ、そんなことありません。…素敵だと思います。あなたならきっとできると思います」 「ありがとうございます…でも、今日みたいにうまくいかないことも多いんです」 「あ…」 「でも、そこで止まっちゃったらみんなの笑顔は見られませんから…そう思って何回も やってみるんです。『山を歩いてる時には、道に迷ったり、転んだりすることもある。 けど、そこで止まったらどこにも辿り付けない』…死んだお父さんが言ってたことです…」 ほんとにお父さんの言葉だったかどうかはわからない。でも、お父さんだったらそう 言ったと思う。 「…」 「あ、つまらないこと話ちゃいましたよね…すいません。味のほうの事、教えていただけ ますか?」 「はい…」 妖精さんの眼差しが、少しだけ柔らかくなっていた。あの時、父を亡くしてどうしていい かわからなかった時の私とおんなじだった眼差しが。 「明日、またここでお会いできますか?」 「はい。喜んで」
あのひとがうらやましい 自分の歩く道を知っているあのひとがうらやましい ……違う 私だって知っている。 ただ、暗闇の中で見失っているだけだ なくなったわけじゃない その証拠に、ぼんやりとではあるけれど見えている。 光はともった。 あとは……

結局、徹夜してしまった。昨日と同じ秋の陽射しが目にちくちくと刺さる。 でも急がなくてはいけない。昨日、妖精さんから聞いたとおりの味になるように、いろいろと 試してようやくできあがった『往復ビンタ』を持って、私はグリーンパークへとやって来た。 「こちらです」 今日は妖精さんが先に来て、ベンチで手を振っていた。 「お待たせしました。ちょっとお寝坊しちゃって」 「いえ」 「あ、さっそくですいませんけど、また、味見お願いします」 「はい」 袋から取り出した、小さなパンを妖精さんが口に含む。その口が一瞬止まる。 しまった。また何か失敗した?私がそう思った次の瞬間、妖精さんの顔が大きくほころんだ。 「おいしいです!お母さんが作ってくれたのとそっくりです!」 ! 妖精さんが笑顔になってくれた。私が見たかった笑顔になってくれた。私も負けない くらい笑顔になり、思わず妖精さんの手を取ってしまう。 「ありがとうございます。あなたのおかげです」 「いえ。あなたがあきらめなかったからです。失敗してもあきらめなかったから、私は今、 これを口にすることができるのです」 妖精さんは私の手を握り返してくる。そして、澄んだ瞳で私をまっすぐに見つめる。 「あなたなら、世界で一番のパティシエになれると思います!」 「えへへへ。そこまでほめられると…まだ色々と修行不足ですから。高校を出たら、東京 に勉強に行こうかなと思ってるんですよ」 「東京、ですか?ずいぶん遠いですね」 「はい。知らないところに一人で出るの、ちょっと恐いんですけどね」 「大丈夫ですよ。私の父も昔、一人ぼっちで日本からフィンランドにやって来ましたけど、 母と知り合い、こうして私がいます」 「あ…」 今度は、妖精さんが手を重ね、握ってくれる。 「私のお友達のお友達は、夏休みの旅行で東京から函館に来て、そこで結婚相手を見つけ たそうです」 へえ。そんなお話みたいなことがあったんだ。じゃあ 「逆に東京に行ったら、私にも彼氏見つかるかもしれませんね」 「それはいわゆるギャクタマというものですね」 それはちょっと違うんじゃないかな。