高宮研究所・危機一髪
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 夜だ。
 古典的な表現をするならば『草木も眠る』と表される刻限であった。
 
 だが、世紀も21を数えている現代、そんな時間であっても眠らない者どもは多く
 存在する。それが世の理(ことわり)として正しいかどうかはともかく、個人的な、
 あるいはそうでない様々な理由で眠らない人々が、この都市(まち)には蠢いていた。
 そんな場所のひとつがここだ。表向きは誰もが知る多国籍企業の研究施設という
 
 ことになっている。清潔だが個性という物を微塵も感じさせない白い建物。東京都
 とはいえ、周囲に民家すら存在しないとある場所に立ちすくむそれは、正式だがけ
 して表には出ない名称を『古痕』(ふるきず)の品川研究所といった。
 
  その内部、幾重ものセキュリティに鎧われた最深部。この研究所の最重要な研究
 施設があった。
  様々な電子モニタ装置が発するパルス音、設置されているコンピュータの排気
 ファンの音、そして室内灯とエアコンの低いうなり。そんな中、幾人かの研究者た
 ちが専門用語で会話をしながら忙しそうに立ち回る。そんな一角で二人の女性が
 ワークステーションを前に話し込んでいる。
 
  椅子に座ってキーボードを操作する女性------いや少女というべき年齢の彼女、
 桐田篤子は複雑な数式によって導かれたグラフを表示しながらつぶやいた。
「運動機能、知覚、反応速度・・・全て順調に推移しています。問題ありません」
「そのようね。喜ばしいことだわ」
 その後ろでそれを眺めていた20代後半の女性がほくそ笑む。美女といっていいだ
 ろう。
 だが、その表情は獲物を狙う猫科の野獣のような印象を受ける。彼女が篤子の上司
にして、この研究の最高責任者である高宮エレンであった。
「はい。この子たち、知佳と知登はおおよそ全ての面で津名川研のエクストラを上回っ
  ています」
 5本の比較グラフがいくつか表示される。合わせるかのように、ビデオモニタ装置
からの映像ウィンドウが開く。そこには、緑色の溶液の中に身を横たえ、静かに眠る
二人の童女の姿があった。
 その、どう見ても10歳そこそこにしか見えない『彼女』たちは実のところ『彼女』
ではない。いや、人間ですらない。
 『エクストラ』
 遺伝子工学によって『創られた』人工生命体。そして、そのレーゾンデトールは全て
に死と破壊をもたらすこと。

 少女型の超兵器。それがその少女たちだった。

篤子が表示するグラフを眺めながらエレンが眉をひそめる。
「このデータは?津名川の所のエクストラに何でこの項目だけこんなに差があるの?」

 津名川研。それは、エクストラ開発において高宮研とのコンペティションを行って
いるもうひとつの施設だ。その主任である津名川宗慈は遺伝子工学の天才と賞された、
そして高宮エレンにとってけして負けてはならない男であった。
 今のところ、カタログスペックでは高宮エレンのエクストラ2人が、津名川のエクス
トラ3人を凌駕していた。

 そのはずなのに、今ディスプレイに表示されているデータは高宮のエクストラがかなり
の差をつけられていた。
「あ、これ・・・ですか。ええと・・・わかりました。この項目は」
「ふん」
 嘲笑するように、面白がるように高宮が薄笑いを浮かべる。
 
「古痕内エクストラ最萌トーナメント投票結果です」
 
 ずべべべべべどがっしゃんぐわらららららららん
 くわぁぁぁ〜〜〜ん

 
 最後にひときわ高い金属音を響かせてエレンが突っ伏した。
「さ・・・最萌って」
高宮は頭を直撃した金ダライを払いのけながら起き上がる。
「・・・まあ、ほとんどの人たちが研究室にこもりっきりですからそのような娯楽が
あっても・・・」
「いや、そーいう問題でなく」
「ちなみに1位が津名川研のエマ。投票者コメント『金髪ストレート(・∀・)イイ』
  『オレの股間の歩行戦車も退治してほしいでづ(´Д`)』」
「読み上げなくてよろしい。しかし・・・」
 何とか立ち直ったエレンが言葉を継ぐ。
「どんな事であれ、津名に負けるのは面白くないわ。何とかしたいわね」
エレンの目になにやら輝きが宿る。
「・・・はあ」
それを悟ったか、篤子が心なし張り付いた表情で応える。
「とにかく、明日にでも対策を練りましょう」
「そうですね」

「ところで」
「はい?」
「さっきこの上から降ってきた金ダライは何?」
「あ、それは対侵入者セキュリティシステムの一環です」
「・・・・」
「予算の関係らしいです」
「・・・・・」
「・・・・・」
「とりあえず寝ましょう」
「・・・そうですね」
研究所の頭上を満月が煌々と照らしていた。


それから何日かが過ぎた。研究所の一角、エクストラの装備実験のためにしつ らえられた広大なホールにエレン、篤子、2人のエクストラ、知佳・知登は立って いた。 篤子が傍らのトランクを開く。 「これが?」 「はい。装備部がこちらからのオーダーに従って開発した追加装備だそうです」 「・・・お下げ髪に見えるわね」 「はい。我々の調査員、コードネーム『透花たんハァハァ(´Д`)1号』によれば、 津名川研のエクストラは、ネコミミを追加装備したのが得票の要因のひとつのよう です」 エレンはその調査員は何号までいるのか、と問い詰めたい衝動をかろうじて抑えた。 「・・・それで開発されたのがこれね」 「はい。装備部の話によれば、単なる装飾品ではなく、かねてから開発中の高機動 装備の機能を組み込んでいるとのことです」 「一人分なの?」 「はい。一方はナビゲーターとしてサポートに回るようです」 「わかったわ。とりあえず知佳に装備しましょう」 「はい・・・マニュアルによれば、こう、頭の両側に」 「へえ、結構可愛くなるものね」 元々、知佳たちは表情に乏しいだけで顔立ち自体は端正だ。知佳に装着されたお下げ 髪型のアタッチメントは彼女の容姿を十分に引き立てていた。 「知佳、モード変換。システム起動。知登、サポートモードに入って」 「了解」 「了解」 2人のエクストラは篤子の指示に相変わらずの無表情で応える。 知佳に装備されたおさげ髪状のパーツが上下にあたかも羽ばたきをするように細かく 振動し始めた。 ややあって知佳の足が床から離れ、徐々に上昇していく。 「へえ。使えそうじゃない」 エレンがちょっと意外そうに言った。知佳の体はすぐに実験用ホールの天井近くまで 達する。 「機能的には申し分なさそうね。で、知登のナビゲーションシステムというのは?」 「知登」 促された知登が、上空の知佳に視線を向ける。そして口を開き、声をかけた。 「ちかちゃんはなんでとぶのん?」 「10さいですけどーーー」 知登はとりあえず両手をぱたぱたしている。何の役に立ってるのかはよくわからない。 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・これだけ?」 「はあ、そのようです」 軽い偏頭痛が2人を襲う。篤子とエレンはあんまり深く考えるのはよそう、という 事をお互いの目で確認した。 「・・・まあ、なんかかわいいから許しましょう。ところで機能に影響は影響はない の?」 エレンが尋ねる。 「知登の方の反応と運動性能がかなり低下しますね。それから、大脳の言語野にノイズ が入ります」 モニタリング用のノートパソコンを見ながら篤子が言う。 「それはまずいわね。装備部に改善してもらいましょう。知佳を呼び戻して」 「はい。降りてらっしゃい。知佳」 声を聞いて、すとんと知佳がエレンの前に降り立つ。 「はずすわよ」 エレンがお下げに手をかける。マニュアルをめくっていた篤子がそれを見咎め、慌てて 叫んだ。 「あ、だめです!それははずし方を間違えると大変なことに!」 がいん。 こてん。 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”知佳っ!」
さらに数日が経過した。 「知佳は?」 「はい。完全に復帰しました」 「まったく、一時はどうなることかと思ったわ。で、次のプランの準備はできている?」 諦めが悪いエレンである。 「準備は完了しています。確認のためにもう一度説明します」 ワークステーションのモニタにウィンドウが開く。 「我々の調査員、『沙友たんハァハァ(´Д`)Ver3.00』・・・・・・によれば、津名川研 のエクストラは、各々津名川主任に対する呼びかけ方が違っており、そこがまた イイ(・∀・)という事のようです」 「なるほどね。それは確かにそうかもね」 「あ、はい」 「・・・何か?」 「・・いえ」 「実はここのところみんなの作業効率が落ちているみたいだったんで心配だったん だけど、何とかなってよかったわ」 篤子はエレンをちら、と見た。所員の作業効率が落ちている事由は、実のところ明白 であった。 先日の試験の後、どういうわけか件の装備をエレンがいたく気に入り、自ら頭部に装着、 あまつさえ時々ピョコピョコ上下させるもんで、みんな気になって色々とツッコミたくて しょーがないのだが、それをやったが最後、研究所の全業務が半日以上停滞する事態に 見舞われるのは確実だったのでどうしようもない、という状況なのであった。 そんなわけでちょいと寝不足気味の篤子だったが、話を続けた。 「今回は、その部分に着目し、追加装備ではなくプログラミング処理で対応しています」 画面にソフトウェアの構造図が表示される。 「これは視覚からの入力情報をクレッチマー、ロンブローゾといった気質学の観点から 分類した上で、対象者の嗜好に合致した呼称を選択、呼びかけるというシステムです。 また、表情筋のドライバも実装されていますので、呼びかけに最適化された表情を作る ことも可能です」 「すばらしいわ。さっそくテストしてみましょう」 「あ・・・はい」 その、台詞に合わせてお下げがピョコピョコ動くのは年齢的にどうよという言葉が喉元 から上がってくるのを抑えつつ、篤子は準備に取り掛かる。いくつかのプログラムを 起動、設定を慎重に確認し、実行ボタンをクリックする。 「プログラム、転送します。ニューロン信号初期化フェーズ、1・・・4・・・7異常 なし。続いて信号同期フェーズ・・・・・・終了・・・」 どうもピョコピョコ動くおさげが気になってしょうがないが、とにかく次の作業だ。 「プログラム、転送完了。続いてデータベースのダウンロードに入ります」 「お願いされていた呼称データはサーバにアップロードしてあるわ。データに関しては できるだけ多くのデータをピックアップしたつもりよ。お兄様、兄上、兄くん、おに いたま等血縁関連だけで32767種類ほど用意してあるわ」 「それだけあれば、かなりの効果が期待できますね。ファイル名はえーと・・・・・ 『エレンさんのひみちゅ』・・・で・・・いいん・・・ですね」 篤子は表情筋が音を立てて固まるのを感じた。 「そうよ。何と言っても極秘のプロジェクトだからそれなりに気を使わないと」 もはや、コメントする気力もなくした篤子が、コマンドを入力する。 「やってちょうだい」 「ダウンロード、開始しました」 作業進捗を示すプログレスバーのパーセンテージが上がっていく。 「進捗率50%。異常な・・・あれ?」 「どうしたの?」 「DBのファイル名が、ちょっと違うような」 「どういうこと?」 「ええと、ファイル名が『エレンさんのひみちゅ(はぁと)』になってますね」 「・・・そう?まあいいんじゃない?」 「あ、ダウンロード終わります」 「それじゃあ、試験開始よ」 知佳と知登が調整室から姿をあらわす。エレンの計らいでめいっぱいロリロリなコス を纏っていた。ちょうど居合わせた研究員A(既婚27歳)と目が合う。 知佳がにこり、と笑う。愛らしさと悪戯っぽさが微妙に入り混じった小悪魔の笑みだ。 所員Aも、それがプログラムされたもの、と知っていてもつい表情が緩む。 「うまくいっているようね」 「はい。全機能、正常に作動しています」 知佳の姿を、エレンと篤子は満足げに見る。 「やあ。知佳」 知佳がにこやかに言う。 「こんにちわ。スーパーの店頭のセーラームーンのガシャポンの大人回しは2000円 までにしましょうね」 ぴきん。 所員Aが、笑顔のまま硬直した。そして数瞬の後 「い、いいじゃないかぁぁぁぁ!ほたるんは俺の青春なんだぁぁぁぁ!」 と、ごろごろと床を転げまわって泣き叫んだ。 「え”?」 何事かとかけつけた所員B(独身31歳)に知登が 「こんにちわ。岡本夏生のヘアヌード写真集を買うのに架空の会社名で領収書を切って もらうのはよくないと思うな」 「い、いいじゃないかぁぁぁぁぁ!」 ごろごろ 「何か様子、変じゃ」 エレンは不思議そうにワークステーションのキーを叩く。画面を見つめ、ややあって、 ぽん、と手を鳴らす。 「あ、やっぱりデータ違ったわ。私のプライベートファイルをダウンロードしたみたい ね」 「・・・何のデータなんですか?」 「各所員のトラウマと弱みのメモ」 ”しれっ”という効果音がどこかから聞こえてくる。 「・・・何でンなもんを」 「ほら、作業の優先順位を上げてもらうとか、社食でA定食譲ってもらうとかする時に 便利かなーって。耳元でボソっとつぶやくと結構効くんだこれが」 この腐れアマほっとくと、そのうち取り返しのつかないことになるんじゃねえかと篤子 は思ったが、それよりも 「2人を止めないと!」 しかし、時すでに遅く研究室の中に立っているのは、エレンと篤子だけであった。部屋 に居合わせた所員たちは皆、床に崩れ落ち痙攣しながらブツブツと何事かつぶやくだけ だった。 「・・・等身大の館林見晴ドール持っててわるいかよう・・」 「・・・女一人で後楽園にハリケンジャーショー見に行ったっていいじゃないよう・・・」 「・・・いいじゃん。保田好きなんだよう・・」 「・・・30過ぎて、母親の買って来る服着ててもいいじゃんよう・・・」 「・・・合言葉はBee・・」 「予想以上の威力ね」 「可愛い娘に面と向かって言われることで効果が倍増するようですね」 無残にも胸をえぐられた所員たちが、イタいよう、とうめき、力なくのたうつ阿鼻 叫喚の地獄を走り抜け、二人は廊下に出た。そこにも床にのたうつ所員たちの姿が。 「あの娘たちは?」 「いました!」 白い室内灯に照らされた長い廊下の向こう、知佳と知登が歩いてきた女性研究員に 声をかける。 「危ない!」 しかし、そう篤子が叫んだ時には知佳の 「寄せて上げてもCカップのお姉ちゃん、こんにちわ」 のあどけない一言。次の瞬間研究員は床に崩れ落ちていた。 「このままでは、研究所が機能を失います!試験は中止しましょう!」 篤子が叫ぶ。 「・・・仕方ないわ。2人の機能を緊急停止させます」 「わかりました。セキュリティシステム起動します! 篤子が、壁に埋め込まれたパネルにパスコードを打ち込む。 <指紋チェック、パスコードチェック完了。エマージェンシー、エマージェンシー> <第18通路の緊急防衛システム、作動します。所員はただちに退去してください> 乾いた合成音声が響き知佳と知登の佇むブロックの隔壁がゆっくりと降りてくる。 そして鈍く、重い音を響かせて区画を完全に閉鎖した。 「これで・・・止められるかどうか・・・」 「難しいところね・・・」 エクストラは幼い少女の姿をしていても、その実は強大なパワーを有する生体兵器 である。果たしてこの研究所のセキュリティごときで抗しきれるものかどうか・・・。 <カウント0。発動します> 知佳たちの立つ廊下の天井部分が、まるで伝説のドラゴンの顎のように開いていく。巨大 な機構を作動させるための圧搾空気ポンプの作動音はその息吹でもあるかのようだ。 エレンと篤子は息を呑み、瞬きもせず見守る。轟然たる機械音と共に、天井が開ききる。 「・・・行きます」 開口部から、まばゆい金色の光が降る! くわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ん 乾いた軽快な金属音。 「・・・」 天井の開口部から、金色に輝く金ダライが2つ。知佳と知登めがけて落下、脳天を直撃 した。 「えーとあれって」 「ですから、緊急防御システムですが何か」 「いや、何かとか言われても・・・いやほら、エクストラって一応人間の能力を超えた 生体兵器って設定だしー。やっぱアレでどうかなったらそれはそれでナニなんじゃな いかとかー」 こてん。 こてん。 「でも効いてますよ」 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”知佳っ!知登っ!」
『古痕』高宮研は、その後2週間にわたって機能の半分以上を喪失したが、このことは 公式記録には一切残っていない。 ただ、『研究所内セキュリティシステムの改良に関する意見書』と題された書面の提出 が記録に残っているのみである。
「その後、所員から『もっと汚い言葉で罵ってほしい』『踏ん付け機能を実装して欲し い』という要望が多数届いています」 「ウチの所員って・・・」 最終段階に入ったエクストラ開発の行く末に激しい不安がよぎるエレンではあった。 「へーちょ」 「しかし取れませんねえ。知登の大脳言語野への影響」 「なんでやねん」 「ああっ!博士までっ!」 エクストラ。それは人の宿業を移す鏡でもあるのだろうか。それを知っているものは 天空にかかる満月だけなのかもしれない。 ( ´ー`) < シラネーヨ 失礼しますた。