Chapter 8
−−−2日ほどが過ぎた。
エンフィールドの西の門の外。よく晴れた空の下。ケイン、アルベルト、トリー
シャと、そしてヴェルミィ。
「ほんとに行っちゃうの?」
トリーシャが聞く。
「はい。皆さんのお心づかいには感謝しますし、この街がいい所なのもわかり
ます。けれど、私がいる限り、また私の力を破壊の為に使おうとする人が
出てきます。その時に、皆さんに、またご迷惑をかけてしまいますから」
ヴェルミィがつぶやいた。
「どこへ行くつもりなんだい?」
アルベルトが聞く。
「さあ……どこか人の来ないところへ」
「それなら、カッセル爺さんから聞いた事がある。あの雷鳴山の頂上近くに、
人が決して近づけない森があるそうだ。人間がいかない分動物や妖精たちの
楽園みたいなとこらしい。そこなら寂しくないだろう」
ケインが言った。ヴェルミィが微笑みながら答える。
「はい。そうさせてもらいます」
トリーシャが付け加えて、
「ノイバウテンの町の方には、エンフィールドの魔術師協会で封印した事に
しておくって。まあ向こうも厄介払い……」
「トリーシャ!」
ケインに突っ込まれ、トリーシャがあわてて訂正する。
「あ、いえ厄介払いって。あはは、その、ごめん」
「いいんですよ」
ヴェルミィが笑って答えた。
「あ、そうそう。忘れないうちに」
ケインがヴェルミィに、あの蒼い宝珠を渡した。
「・・・これは・・・」
「ヘキサの奴が、返しておいてくれって」
「え・・・」
こころなしか、ヴェルミィの顔が曇る。
「そういやケイン、ヘキサの奴はどうした。あれから姿をみかけないが。」
「うん。あれから布団に入って、外に出てこないんだ」
「・・・」
「まったく、こんな日だってのに」
「・・・やっぱり、嫌われたんでしょうか
ヴェルミィの不安げな問いに、
「そんなことはないよ。ガラにもなく照れてるんだろ」
ケインが笑いながら答える。
「そう…ですか。」
さぁっ、と風が駆け抜けて行く。
「では、私はこれで……」
ヴェルミィがすぅっと浮き上がった。3人はえ?という顔をした。
「ヘキサに逢わなくて、いいの?」
3人の思った事を、トリーシャが口に出す。
「はい。私、何だか、逢わない方がいいような気がするんです……逢って
しまうと、また……いえ、何でもありません。それでは、皆さん、お世話に
なりました……」
ゆっくりと上昇していくヴェルミィ。その時だった。何かが、街の方から猛
スピードで飛んでくる。
「ばかやろー−−−−−!」
「ヘキサ!」
「行くな!行くな行くな行くな!行くんじゃねーよっ!」
ヘキサはつむじ風のように舞い上がると、ヴェルミィと並んだ。
「何だよ、せっかく、友達になったのに、何で行っちまうんだよ」
ヘキサの声は震えている。
「ヘキサ……」
「100年でも、1000年でも、友達でいような、って、俺、俺」
「ヘキサ……」
「俺は……みんなとは生きている時間が違うんだ……あと半年もすれば、また…
…。だから、だから……その間だけでも、一緒にいてくれよっ!」
ヘキサの肩が、手が、細かく震えていた。
ヴェルミィはその両手をそっと、そんなヘキサの頬に置いた。
「……私たちは、人間から見れば永遠に等しい時間を生きる事ができます」
ヴェルミィは微笑む。恋人のように。母のように。そして、
「だから、それだけの時があれば、また、巡り逢えると、私は信じています」
ヴェルミィは微笑む。天使のように。
「きっと、その時は、私も、あなたも、自由になってる。そう信じています」
「……」
何かを堪えているようなヘキサの顔に、ヴェルミィはそっと、自分の顔を
寄せ、そして
「!」
ほんとうに、いとおしそうに、唇を重ねた。
二人の間を吹きすぎる風の他の、時は、止まる。この瞬間が永遠に続けばいい。
そう思ったのはヘキサただひとりではなかったはずだ。
やがて
きらきらと羽ばたきながら、ヴェルミィは雷鳴山の方向へと消えていった。
ヘキサは長い事、空中に浮いたまま降りてこなかった。下で待っている3人の
耳に、時折すすり泣きの声が風に乗ってくる。
「……ヘキサ」
長い時の後、ケインが声をかけようとした。その時、ヘキサは、すとん、と降りて
きた。
「……あー腹減った。飯メシ!」
ヘキサは、ケインがよく知っているヘキサの顔になって降りてきた。
「わかった。これからさくら亭にでも行くか」
「さんせーい。ケインさんのおごりね」
トリーシャが明るく応じる。
「い”−−」
「俺も、一票だな。なんせ今日は給料日、だろ?」
アルベルトまで。
「はいはいはい」
ケインが苦笑しながら応じた。いつもの日々がまた始まるのだ。3人と、そして
ヘキサは街へと向かって行く。
ヘキサは誰にも気付かれないように、そっと雷鳴山の方向をふりかえる。
そして、ヴェルミィの、別れ際の言葉を思い出していた。
………いつかまた、刻(とき)のどこかで………
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