刻(とき)のどこかで
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Chapter 2

「うーあー」 目が覚めたものの、まだ頭がぼんやりしている。 「………ったくあいつときたら、缶詰一個でギャアギャア騒ぎやがって」 自警団の団員の寮の一室、ケインの部屋の一角、ソファーの上で声がする。 部屋の真ん中にはまだゆうべのカードが散乱している。ソファーの上には 30cmほどの小さな人影が見える。 ケインのサポート役として1年の期限付きで封印を解かれた使い魔、 ヘキサだった。 「ふぁあーあ。もう一眠りすっか」 外の陽気と、気持ちのいい風が、ヘキサをさらなる眠りに誘う。 その誘いを拒否せず、ヘキサはうとうとする。 そのまどろみの中、<あいつ>と何か言い合っている。 これまでずいぶん色々な人間の<使い魔>として働いてきた。その<主人> の事を夢に見る、などと言う事はヘキサにとってもそれほどないことであった。 しかも、何か言い合っている、等という事を夢に見た事はかつてなかった。 元々ヘキサと<主人>との関わり合いはそれほど強くなることはない。何故なら ヘキサと<主人>が共に行動する期間は1ヶ月、3ヶ月と行った短いスパンで あるからだ。今回は1年、という比較的長い期間ではある。 しかし、これまでもこの程度の期間での<仕事>がないわけではない。それ でもこんなことはなかった。 んな事もあるのかなあ……………………… ヘキサが夢の中でそんな事を考えた時、何かがまどろみに割り込んできた。 「ん?」 ヘキサは目を開けた。何かの気配がする。視界と意識が徐々にはっきりすると、 「あははは」 笑い声がした。 「!!!!!!」 目の前に顔があった。 「わあああああ!」 ヘキサは飛び起きる。 「はあ、びっくりした。夢にしちゃ…………」 「びっくりしました」 「そうだろう、俺もなんだ……………っておい!」 「きゃははははは」 それは夢などではなかった。背の丈はヘキサよりも少し小さなくらい。金色の 長い髪と青い目をした少女がヘキサの目の前に浮かんでいた。見た目から 言うと、人間で言えば11、2歳といったところだろうか。少女の背中からは 鳥と昆虫のそれの中間のような質感の羽根が一対伸びていた。細かく羽ばたいている らしくきらきらと虹色に輝いている。身に着けているのはありあわせの布で作った らしいブカブカの貫頭衣のような服だ。 「おっ!おめー何もんだ!」 ヘキサは反射的に後ずさって言った。 「あたし?おなまえはヴェルミィ。」 少女はころころと笑いながら言った。 「名前はわかった。そっ、それで何者なんだよ」 ヘキサは少し緊張を解きながら言う。 「おなまえはヴェルミィ」 ころころ。 「だーかーらー、名前以外」 「おなまえはヴェルミィ」 ころころ。 「………………………」 「あたし、ヴェルミィ」 ころころ。 「でぇぇーい。おちょくってるのかぁ」 ヘキサが思わず怒鳴る。その瞬間、少女−−−ヴェルミィの表情に変化が現れる。 「……お、おい。俺が悪かったよ。ご、ごめん」 少女の目が潤むと、少女は下を向き両手で顔を覆ってしまった。 「……わからないの。ヴェルミィ、おなまえしかわからないの。ごめんね。 ごめんね」 「あ、いや、そんな、泣かなくても、な、な」 ヘキサは慌ててフォローする。しかしヴェルミィは泣くのをやめない。 「ま、まいったな」 これがメロディやリオあたりだったら、でぇ−い、うっとーしぃ!の一言で片づける のだが、どうも調子が狂う。 「えーっと、ほら、これ」 ヘキサは自分の寝床からクッキーを一枚取ってくる。とりあえずご機嫌の取れ そうなものは部屋にはこれしかなかった。 「すまん、あやまるからさ、な」 ヴェルミィは顔を上げて、しゃくりながらクッキーを受け取り口に運ぶ。 「………おいしいです」 ヴェルミィの表情が緩んだ。ヘキサはほっとする。 「………あなた、おなまえは?」 唐突にヴェルミィが聞く 「あ、そっか。まだ自己紹介してなかったな。俺はヘキサ。えーっと、よろしく」 「よろしくです」 またヴェルミィがにこにこと微笑む。ヴェルミィの微笑みからは何か、人の心を 和ませる、暖かい光が発散されている感じだった。 「………ああ」 ヘキサは、頬が熱くなっているのに気がついて、ちょっと自分に驚いていた。


ヘキサとヴェルミィは、ケインの使っているベッドの端に腰掛けた。ヴェルミィ は先ほどのクッキーをまだ食べている。ヘキサはヴェルミィの横顔をじっと 見る。 不思議な感じだった。自分の目線と同じ高さにに誰かの横顔がある、という のは考えてみれば初めてかもしれなかった。 「なあ、ヴェルミィ」 「はい」 ヴェルミィが食べるのをやめてヘキサを正面から見る。きらきらと輝く瞳に 見据えられて、ヘキサはちょっと視線を宙に泳がせた。 「えっとさあ、ほんとに何も覚えてねえのか?」 「うん。……ヘキサ、こんなこ、きらい?」 ヴェルミィの目がまた潤み始めそうなのを見て、ヘキサはあわててフォロー する。 「あ、そんな事ねーよ。いや、あはは」 「そう。よかった。ねえ」 ヴェルミィはまた微笑み、ヘキサを見る。 「ん?」 「ヘキサのおぼえてること、おしえて」 「え?」 あまりにも意表をついたリアクションだった。ヴェルミィの瞳はきらきら 輝いている。 「ヘキサも、なにもおぼえてないの?」 「いや…そんなことは」 そう言いかけてヘキサは言いよどんだ。覚えてる事…そういえば俺は ここに来るまでどうしていたんだろう……。 ヘキサは使い魔として、召喚した者に従い、いろんな経験をしてきた はずだった。命を賭けた冒険に挑んだ事も、病弱な少女の話し相手だった ことも、盗賊の一味だった事だってある。しかし、その間の確たる記憶は ない。というよりも記憶しておきたい、という事の方が少なかったと 言うべきなのかもしれない。 浮かんでくるのは、このエンフィールドで<あいつ>と暮らした日々だけだ。 「そうだな…こないだあったこととかでもいーか?」 「うん……」 ヴェルミィの瞳は輝く。 「あんときはさあ…………」 召喚されてからこれまでの仕事のあれこれを身振り手振りでヘキサは話して 聞かせる。ヴェルミィは時にうなずき、時に笑いながら話を聞いていた。 そして時々、一瞬なのだが、何とも言えない寂しげな表情を作る。話す事に 夢中のヘキサには気付かれなかったのだけれども。 「…そしてそんときのあいつの顔ときたら!」 「きゃははははは」 ヴェルミィが声を出して笑い転げる。 「おっかしーだろー?」 「きゃあ」 ヴェルミィは笑い転げた拍子にベッドの端から滑り落ちる。 「おいっ」 ヘキサは慌ててヴェルミィの肩を持って引き寄せた……つもりであったが、 いきおい余って、 「ああああ、ごごごごごごごめん」 ヘキサはヴェルミィの胸をしっかりと掴んでしまっていた。ほんのりと した、暖かい感触がヘキサの手を伝わってくる。 「?」 ヴェルミィは不思議そうな顔をする。 「どうしてあやまるの?」 「あ、あははいやその」 ヘキサの顔は真っ赤だった。 「ヘキサ、へん」 「なんだと、こら」 ヘキサは笑いながらヴェルミィの腕をつかんだ。 「いやあん」 ヴェルミィも笑いながら脅えるしぐさをする。二人の笑い声が部屋に溢れた。 「あーあ」 ヘキサはヴェルミィの手を放そうとする。しかし、その時 「!」 ヘキサの目が急に真剣になった。ヴェルミィの細くてきゃしゃな腕の肘から 手首。今までは服の袖で見えなかったのだが、何かの跡があった。 「こいつは……」 それはあきらかに何者かにきつく縛られた跡であった。 「……どうも何かワケアリっぽいな」 ヘキサは口の中でつぶやいた。そしてヴェルミィの方を向くと、 「なあ、ヴェルミィ」 「はい?」 にこにことヴェルミィが答える。 「その、俺の友達んところに行かないか?しょーもない奴なんだけどさ」 「ヘキサの……おともだち?」 「ああ」 こんな時、頼りになりそうなのは、そう、<あいつ>だけだった。 「うん。いいよ」 「じゃあ、さっそく行こう」 立ち上がるヘキサ。そのヘキサをヴェルミィがじっと見上げ、そして、みつめる。 「ねえ、ヘキサ」 「……あん?」 「ヘキサ、ヴェルミィのおともだち、だよね。ずっと、おともだち、 だよね」 ヘキサは、ちょっと意表を突かれたような顔をし、そして、すぐににっこりと 笑うと、 「…もちろんだ。これから、ずっと、ずっと、100年でも1000年でも な」 と答えた。 ヴェルミィはほんとに嬉しそうな、柔らかい光りみたいな笑顔 をヘキサに向ける。そして、ヘキサの手をきゅっと握りしめた。 「・・おい!」 ヘキサは思わずあたりを見回す。血が急激に手先から顔に昇ってくる。 「へへへ」 次にヴェルミィが笑った時、握った二人の手の中に、何かが現れた。ヴェルミィ が、ゆっくりと手を離す。 「!?」 ヘキサの掌には、いつの間にか青く、きらきら輝く不思議な珠が握られていた。 「こ、これ・・・」 「・・おともだちのしるしだよ」 ヴェルミィがヘキサをまっすぐ見つめて言う。その瞳に刹那、不思議な光が宿る。 「ヴェル・・ミィ?」 「ヘキサ。おともだち。おやくそく、だよ」 「・・・・」 ヘキサは、うなずく事しかできなかった。