刻(とき)のどこかで
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Chapter 0

その夜は、月もなく、暗闇にどよんとした空気が満ちていた。 大陸の中ほどにある小さなその町、ノイバウテンも、なまあたたかい空気に ひたって、泥のようにまどろんでいるようだった。
ごうんっ!
突然、町の中ほどから轟音と共に火柱が上がった。燃え盛る炎。悲鳴。混乱。 町の眠りは瞬時に破られた。その小さな町の自警団詰所は戦場になる。 「どうしたっ!」 「軍の駐屯地が!。地下倉庫の警備に当たっていた者がやられています!」 「なんだと?あの倉庫には……まずいぞ!」 「さいわい息はあるようです!犯人の顔を見たと言っています!」 「よし。すぐに非常線を張れ!」 走る兵士達。不安げに見守る市民。その人込みの中を、一頭の馬が駆け抜けて 行く。馬は、人々を蹴散らして、町の門へ向かう。子供が泣き叫ぶ。老婆の罵声。 そんなものに頓着せず、その馬と、黒い外套に身を包んだ乗り手は、燃え上がる 火に、赤々と照り映えた街路を一気に走り抜けて行った。 「……諜報部から伝令!倉庫から<識別番号8888>が紛失。テロリストに 奪取されたものと思われる、とのことです」 若い兵士が、自警団の幹部達が詰めている作戦司令部へと入って来て告げる。 「了解した。この件はくれぐれも他言無用だぞ」 幹部の一人が命じた。 「…失礼します」 幹部連のただならぬ雰囲気に気圧されたのか、兵士は何かに脅えるように部屋を 出て行く。入れ替わりに、別の兵士が入ってくる。 「……報告します!<青の門>を不審な馬が強行突破していったそうです!」 「……ええい!やられたか!<青の門>…どこへ逃げるつもりだ?」 「あの方向にある町といえば。」 「………エンフィールドか?」 「あ、あれをエンフィールドで?」 自警団の壮年の幹部がつぶやく。 「馬鹿なっ!あの大戦の時の<プロヴィデンスの悲劇>を再現するつもり なのかっ!」 白髪混じりの老幹部が声を荒げる。 「とにかく、急いでエンフィールドへ伝令を!」 「了解」 兵士が出ていく。 「……人間とは、かくも……」 老幹部がつぶやいた。 時ならぬ喧燥に混じって、低いうなりが聞こえる。遠雷のようだ。 それは、翼ある邪悪なものたちの唱える予兆のようでもあった。
Chapter 1

−−−−−数日後。 エンフィールドは快晴だった。まるで何かの宝石を砕いて敷き詰めたような色の 空の下、薫るような風が時折吹き抜けていく。陽射しはひたすらうららか。 そう。こんな日は誰もが思う。 ああ、仕事なんかしたくないなあ、と。 我らがエンフィールド自警団第三部隊長殿は、その思想を極めて明確に体現して いた。 どーして居眠りというのは気持ちいいのであろうか。それが特に仕事中なんかで あった日には、どんな美酒にも替え難い。ああ。 ここ、エンフィールド自警団本部、市民の苦情処理を専門に担当し、今や存続の 危機にある第三部隊の隊員詰所、ここにも、極上の眠りを満喫する男が一人。 「ケイン!おい!ケイン」 「ふぁ……。なんだぁ、アルベルトかあ。朝飯はいらないぞ」 「馬鹿野郎!」 第一部隊から、第三部隊の助っ人に来ているアルベルト・コールレインが諸々の 事情の結果、エンフィールド自警団第三部隊長に就任したケイン・コーニッグの 後頭部を思いっきり張り飛ばす。 「何昼間っから高いびきかいてるんだよっ!」 「たたたた……殴らなくたっていーじゃねえか。仕事が思ったより早く上がったんで ちょい休んでただけだろうが」 口調も表情もしまらないケイン 「他の隊員へのしめし、ってのがあるだろう。隊長なんだから少しは自覚しろ!」 アルベルトが怒鳴る。 「…すまんすまん。いやちょっと夕べ徹夜しちゃってさあ」 大あくびをしながらケインが答える。 「徹夜ぁ?」 「ああ、ヘキサとカードゲームをしてたんだよ」 アルベルトはあきれ顔になる。 「カードだぁ?」 さらに何か言おうとするアルベルトを遮ってケインが言う。 「ちょっと、誇りと尊厳をかけた勝負をしていたんだ」 「誇りと尊厳?」 「うむ」 ケインが重々しくうなずく。 「いいか。給料日まではあと二日。ここで、ウチにある食料は豆の缶詰が5つ。 肉の缶詰が1つ。」 「……それで?」 「カードに勝ったほうが肉の缶詰を一人で食えるという勝負だ」 「……それが、誇りと尊厳か?」 アルベルトの声が徐々に冷ややかになっていく。 「考えてみろ。二日も豆だけで過ごすのが人間として正しい道か?いいや。 それでは馬か山羊だ。人としてはやはり肉を食うのが正しい道だ。そうは 思わないか?」 すこーーーーーーん! 「……その、槍の柄で垂直に殴るのはやめろよう」 「だったら穂先の方でやってやろーか?」 目が危険な光を帯びているアルベルトではあった。 「おまえだんだんヘキサと同じレベルになってないか?」 「むー、そうかなあ」 「全く、あいつはお前の使い魔なんだぞ。使い魔と主人が同じレベルでどうする んだよっ」 アルベルトは肩をすくめる。 「うーん」 先ほどの一撃で目が覚めたのか、やっとしっかりした口調になったケインが 言った。 「あんまし使い魔、っていう感じはしないんだよなあ。なんかこー、弟みたいな 感じでさあ」 ケインはちょっと頬をかく。 「んなだから缶詰の取り合いになるんだよ!ところで今日ヘキサは?」 「そんな訳で部屋で寝てる」 「やれやれ」 アルベルトが今日何度めかの溜息をついたところで部屋の戸が開いた。 「ただいまー。」 「おかえり、トリーシャ。」 たっぷりとした髪をトレードマークの大きな黄色のリボンで結んだ、賑やか、という 言葉を絵に描いたような少女、トリーシャ・フォスターが入ってきた。 第一部隊の隊長、リカルドの一人娘で、今はアルベルトと同様、第三部隊の仕事を 手伝っている。 「ごくろうさん。早かったね」 ケインが言う。 「うん。思ったより量が少なかったからね。」 トリーシャは椅子にかける。 「ねね。今日、もう仕事ないんでしょ?だったらどっか行かない?」 トリーシャが身を乗り出して言う。見た目の通り、こういう陽気にじっとしてられる 性分ではなかった。 「うーん。そうだなあ」 ケインもまんざらでもなさそうな雰囲気だ。 「おいおい」 アルベルトがまた何か言おうとする。その時、部屋のドアが開く。当番の団員が 入ってきた。 「あ、ケインさん。お客さんが来ていますよ。旅行者の方ですが仕事をお願いしたい そうです」 「ちぇーー」 トリーシャがちょっとふくれる。 「というわけだ。行くぞ」 ケインがやっと隊長の顔になって応対に出た。 「はい。どんな御用件でしょう」 ケインの前に座る男はこれと言った特徴のない30代半ばの男だった。しかし その目には人を不安にさせる「何か」があった。 「私、アラン・スミシーという旅の者です。実は、探し物をお願いしたいと思い まして………」 愛想笑いをする男。それはある種の爬虫類を連想させる冷気を伴った表情で あった。 「探し物、ですか」 応対しながら、ケインは肌の粟立ちを抑える事ができなかった。 外の陽気にも関わらず、だ。