2
月光。湖畔。青。私は、歩いている。誰かを追いかけて。前を二人の影。二人に
追いつく私。声をかける私。二人がこちらを振り向く。二人の青いシルエットが声を
出す。
バケモノ
!
バケモノ、クズミタイナバケモノ
チガウ、アタシハチガウ
ウソツキ
ウソジャナイワ。アタシハ、アタシハ
アナタハマッカヨ。ソレハナンノイロ?
私は自分の手を見る。赤い。赤い赤い何かが手を染めている。その赤い何かは
手から体中に広がっていく。嘘よ。嘘よ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
私は赤ク染マッテイク、ダカライッタジャナイ。アナタモアタシモココニイル、
嘘嘘嘘嘘ウソウソ嘘嘘ウソ赤赤赤赤赤赤嘘ウソウソマッカ赤マッカ嘘嘘嘘嘘嘘嘘
私ノ赤イ手ガフタリニ伸ビル。二人ノノドカラ赤イモノガ飛ブ。
アア、アタシノホシカッタモノハ嘘、違う。嘘よこんなの嘘嘘嘘嘘嘘嘘
ホシカッタホシカッタ赤赤赤赤赤
嘘!
目を開けると、すでに朝だった。頭ががんがん鳴っている。どうしたんだろう。
私。
ドウモシテナイワ。アレガアナタ。アナタハワタシ。
また「声」だ。
「あ・・なた・・誰なの?」
「声」は、はっきりと聞こえる。幻聴なんかじゃない。でも私の問いには応えては
くれない。しん、とした朝の光の中、小鳥のさえずりが私の耳をくすぐった。
私は窓を開け、外の風を入れる。湖からの風が森の香りを運んできてくれる。深呼吸
をすると、頭痛も消えた。ただ、体のどこか、意識の底に、何かどろどろした液体が
詰まっているような感覚が残っている。
「はあ。買い物に行かなくちゃね」
私は、自分を奮い立たせるように言う。明日のルシアとスコットの式には村のならわし
でケーキを持っていくのだ。その材料を買いに行かねばならないのだった。私は鏡を
見て身だしなみを整える。あまり化粧をする気にもなれなかった。薄く
紅を引くくらいにする。
「!?」
私の背後に何か影が映った。振り向く私。でもそこには誰もいない。
「寝ぼけた、かな」
あたしはそう言って紅を置いた。驚いた拍子に着いたのだろうか。掌に少し紅が
付いていた。何故か、その赤い色から目が離せない。私の中に、何かの感覚が込み
上げてくる。私はそれを振り払うように小走りに外に出た。
湖畔の市場で小麦粉とバター、果物その他諸々を買い込むと、気分も少し晴れて
くる。私のフルーツケーキはちょっと自慢なのだ。特に今日は美味しそうな果物が
いっぱい手に入った。最高の出来栄えになりそうだった。あ、そういえば隠し味
に使うリキュールが切れていたんだっけ。私はメインストリートをちょっと外れる。
路地にあるドワーフのお爺さんがやっている酒屋さんでいい香りのリキュールを
小瓶に分けてもらい、反対側に抜けた。大通りの人ごみ。その中に
「あ・・・」
幸せそうに、買い物をするルシアとスコットの姿。語り合い、微笑み合い、時々
軽くキスをかわす二人。私は声をかけようとした。でも何かが私を止める。掌。
私は手を見る。さっき付いた紅。赤い紅がなぜだか私を止めているような気がした。
「どう・・・しちゃったんだろう」
ドウモシテイナイ
「声」が告げた。
忘れようとしていたのかもしれない。ケーキ作りに私は集中した。オーブンから
香ばしいフルーツケーキを取り出した時は既に外は真っ暗だった。味見をする。
「よしっ!」
完璧!ケーキ皿に出来上がったケーキを移すと、どっと疲れが湧いてきた。
「ふぁああ」
今日はあの嫌な夢を見ないでぐっすり眠れそうだ。私は明日の婚礼に着ていく服を
準備すると、早々と床につくことにした。ベッドに横になり、明かりを消す。
森のフクロウが相変わらずほうほうと鳴いていた。
横になってどのくらい時間が経っただろう。すぐに寝付けるかと思ったのだが、
意外と眠れない。うとうととはするのだが、何かがひっかかっている感じですぐに
目が冴えてしまう。何か?わかっているのだ。
「スコット」
口に出してしまい、私は慌てて周りを見回す。そうよ。あの人は明日、私の親友
のルシアの夫になって、ルシアと幸せになって、ルシアと。どうしてルシア、
だったんだろう。私は小さい頃から体が弱くって、お友達はあの2人と人形くらい
だった。それに比べてルシアは元気で明るくて、お友達も多くって、それでスコット
と仲良くて、どうしてルシアだけなの?あたしじゃないの?アタシジャナイノ?
ソウオモウデショウ?
「声」だ。私はもう驚かなかった。私はベッドから身を起こす。声の主ははっきりと
実体となって私の目の前にいた。私の目の前にいるのは、
「やっとワタシに気づいたのね」
そう。ワタシ。ワタシ自身。闇の中だというのに、ぼうっと赤い光を放って立って
いる、私の姿。
「知ってたんでしょう?アナタの中にいるワタシの事を」
そう。私の中のもうひとつのワタシ。
「我慢することはないわ。好きなヒトの血を望むのは魔族としての当然の欲求
なの。ヒトの小娘にあの優しいスコットをむざむざ渡していいの?」
ワタシが微笑む。ワタシの目が真紅にぎらぎら輝く。私は何故か逆らえない。
「うふふ、そうそう。その為にワタシのお父様は偉大な力を授けてくれた
のよ」
もう一人のワタシはいつの間にか消えている。でもいなくなったわけではない。
私がワタシになったのだ。ワタシは体の力を抜いて闇に一体化するように念じた。
かすかな瘴気を伴って、手足の先が霧になっていく。腰、胸、すぐにワタシは
完全な霧になる。
窓を開け放ち、霧となったワタシは夜の道を駆けていく。あんなに昇るのが
苦しかった坂も、歩くのが辛かった砂利道も、すいすい進んで行ける。ワタシ
はこんなに自由だったんだ。何で気が付かなかったんだろう。フクロウはもう
鳴いていない。夜陰を彩るのはワタシの眷族たち。森の中に牙の唸りが、月の
消えた夜空には無数の不吉な羽ばたきが響く。ワタシを祝福してくれているの
かしら。こんなにオトモダチがいたのね。ああ、何で気がつかなかったんだろう。
婚礼の準備が整った村のメインストリートを抜ける。全部ムダになるのに
ねえ。ほらもうすぐスコットの家、だ。もう明かりは消えている。早く休んだ
ようだ。ワタシはスコットの部屋に音も無く入り込み、霧からまた実体になる。
外では眷族たちが歓喜の歌を歌ってくれている。ワタシは黙ってスコットに
近づいた。安らかな寝顔。
「ふふふ、スコット。あなたはワタシの物よ。だれにも渡しはしないわ」
ふ、と私の脳裏にルシアの笑顔が浮かぶ。でもワタシはそれを振り払う。
「ルシア、ワタシの勝ちよ。スコットが終わったら次はあなた」
ウフフフフフフフフフ
ワタシは牙を剥き出して笑った。眷族たちの合唱は最高潮に達する。ワタシ
は寝ているスコットの肩を押さえ。首筋に唇を近づけた。スコットの体温が
ワタシの唇に触れてくる。しかし、次の瞬間
「!!!!!」
強烈な衝撃がワタシの手から体内を駆け巡った。
「きゃあああああああ!」
スコットが眼をさます。ワタシは反射的に霧になった。スコットが素早く身を
起こす。
「ヴァンパイアかっ?まさかと思ったがこんな所にまで!念のため、ヴァン
パイア用の護符を持ってきて身につけておいたのは正解だったようだな」
し・・・まった。うかつだった。ヴァンパイア討伐部隊の隊長ならば、何かしら
の防御手段を持っていると思うべきだったのだ。ワタシは急いで窓に向かう。
「逃げるのか?フン!まあいいだろう。この護符の結界に触れたら並みのヴァン
パイアならすぐに消滅するはずだからな」
そうだろう。ワタシが純粋なヴァンパイアだったら恐らくあの場で砕け散って
いた。強烈な結界だった。ワタシは崩れそうになる意識を引きずって部屋に
戻り、やっとの思いで霧から実体へと戻った。
「はあ、はあ、ワ、ワタシは、私・・私?」
しん、とした部屋の中。フクロウの声が窓の外から聞こえてくる。私はベッド
の上にひざまずいていた。全身の力が全て抜けてしまったように動けない。
「夢・・・?」
私はようやくベッドの上に座り込んだ。
「じゃ、ないのね」
唇にスコットの体温の感触が、まだ生々しく残っていた。私は、そっと
唇に指を当てる。その刹那、「声」がした。
ソウヨ
「アナタは私の中に、ずっといたのね。そしてこれからも」
ソウヨ。デモ
「でも?」
サッキノ護符ノオカゲデズイブントチカラヲナクシテシマッタ。ダカラ
シバラクハネムルワ。
「そう・・・」
アンシンシタ?
「え・・・?」
アナタノコトハナンデモワカル。ワスレテハダメヨ。アナタハワタシ。
ワタシハアナタ。
「アナタは私、私はアナタ・・・」
ワタシタチ、ハ、イツカ「ワタシ」ニナル。ソノトキ、ワタシニナルノカ
「私になるのか」
マタ、アイマショウ。ウフフフフフフ。
「声」は消えた。月がまた顔をだし、湖面に宝石をきらめかせていた。
スコットとルシアの婚礼は、天候にも恵まれ、人々の歓声と拍手に祝福されて
終わった。幸せそうなルシアの笑み。目には涙が潤んでいる。私を見つけると
「ありがとう、ティナ。今度はあなたの番ね」
そう言ってブーケを渡してくれた。スコットも
「今度、ウチの隊の若いのを照介するよ」
と言って微笑んでくれる。そう。これでいいのだ。よかったのだ。二人の乗った
馬車を村の出口で見送る。村人達は三々五々、後片付けに散って行く。けれど、
私はしばらく二人の去っていった道を見つめていた。頬を何かが濡らしている。
いつの間にか、子供みたいに私は泣きじゃくっていた。そして
「・・・・おめでとう」
何かの呪文のように呟いていた。
婚礼の翌朝、私は家の事をルシアのお母様にお願いし、少しの貯えと身の回りの
ものだけを持ってパーリア行きの乗合馬車に乗った。なぜだか自分はあそこにいて
はいけない気がしたのだ。そしてパーリアでちょっとした仕立ての仕事をしながら
日々の暮らしをしている。時折、あのひとに似た人に出会い、心臓の鼓動が上がる
時もある。私はその鼓動を何とか止めようとする。また、「声」を聞くような気が
して。
そんなある日、町の公園を散歩していた私はちょっとした目眩に襲われる。それ
を介抱してくれたのは、賑やかな妖精を連れた男の人だった。何でも異世界から迷
いこんで、元の世界に戻る為の旅の仲間を探しているそうだ。あのひととは全然似て
いないけど、何故か心惹かれる。一緒に付いて行きたいと思う。でも、「声」の事
を思うとやはり躊躇してしまった。けれど、その人は私にもう一度声をかけてくれ
た。そうなのかもしれない。運命を少しだけこの人に預けてみよう。私を、そして
ワタシの運命を変えてくれるかもしれない。そんな予感を感じていた。仲間が集ま
ったようだ。さあ、自己紹介だ。私はここよ。ワタシハココヨ。
「あのう、私、ティナ・ハーヴェルといいます。一生懸命がんばります」
Continue To Your Game Story
|