タイトル:オタクは死なんよ。何度でもよみがえる。 |
作成日:2008年12月26日 |
カテゴリ:[Otaku] |
コメント:5
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5年前に6000本くらいしか売れなかった(らしい)ギャルゲーの二次創作を未だにやっている中年オタクですこんにちは。
若いライトオタクの流入と、中年オタクの難民化
このエントリにちょっと違和感を感じて、何でだろうとつらつら考えてたんだけど、それで思いいたったのはどうもオタクの定義自体が自分の中のソレと違ってるんじゃなかろうか、ということである。
どうも上のエントリは「オタク向けに作られたコンテンツを消費する人がオタク」という前提で書かれているように見える。ひょっとしたら今のオタク論壇(笑)界隈じゃそういうことになってるのかもしれないけど、そういう定義を取ったとすると、じゃあプリキュアのエロ同人誌を描いたり買ったりするのはオタ活動じゃないのか、という疑問に突き当たる。
プリキュアシリーズは特にオタクに向けて作られたアニメではない。そもそも上で言われてる「中高年オタク」の多くが原点としてるであろう『美少女戦士セーラームーン』や『カードキャプターさくら』だって本来の想定視聴者層は女子児童である。
ただオタクと呼ばれる層がそこに本来的でないもの(作品的な事やセクシャルな要素)を「発見」して、それらを消費していたに過ぎない。
個人的な見解を言わせてもらえば、(何度も書いてるような気がするけど)オタク活動なんてのは基本的にコンテンツ消費の一メソッドであって、消費する対象によって定義されるものではない。
もちろん、そういった消費形態にフィッティングするように作られたコンテンツというのは存在するけど、基本的に主体はオタク側にあるのであって、コンテンツ側にあるのではない。
だから、上のエントリに書いてることを踏襲するならば、むしろ法規制や経済状況といった社会情勢の変化によってオタク向けコンテンツが激減した際に「難民化」するのはライトオタクと言われる層だろう。
オタク的に作られたコンテンツを提示されたとおりに消費する、というメソッドしか知らないであろうから。
でもまあそんなことは起こりはしないとだろう、と思う。なぜかというと、現状は「オタクが増えた」わけではないからだ。
たとえば確かに深夜アニメを見たりする人は増えてるだろう。
けれど、そういう人たちのかなりの部分は「ネットや他で話題になってるコンテンツだから見た」という人たちで占められてるのではないだろうか。「アニメだから」とうのではなく「ネットで大きく扱われている事象」という捉え方でコンテンツを消費する人たち。そして、「旬」が過ぎれば別の話題に移っていく人たち。
こういった人たちは従来の意味での「オタク」ではないだろう。もちろん、そこから従来のオタクに転ずる人もいるだろうけれど。
要するに「オタクが増えた」のではなく「従来オタク向けだったコンテンツが人口に膾炙し始めている」という状況なのだ。だから、ティピカルなオタクでない人たちがアニメを語ったりする状況はあるだろうし、そういった場所で従来のタイプのオタクが浮いたりする局面というのはあるだろう。
けれど、それとオタクの去就というのはまた別問題だと思う。
オタクはオタク向けのコンテンツがあるからオタクなのではなく、オタクだからオタクなのだ。そこにはライトもヘビーも老若男女もない。
たとえ、アニメがアンパンマンしかなくなってもメロンパンナちゃん総受け同人誌を出しちゃう、そういう人たちがオタクなのだ。
どもです。
まあ基本的にはカウンターカルチャーが商業化されてポップカルチャーの一部に取り込まれていく、といういつもの流れなんだろうな、とは思っています。
ヘビメタの人たちのトゲトゲ服なんかはいろんなポリシーとかがあってああいい風になったのに、今じゃトゲ服を着てる人=ヘビメタみたいになっちゃったのと同じような感じで。
ロックの人たちが言うように大切なのは魂(スピリット)だぜ!とかそのうち叫ばなきゃいけなくなるんでしょうか。
難儀ですね。
こんにちは。お久しぶりです。
リンク先読んで思ったのだけれど、それってただ単に「昔の状況」に戻るだけじゃないんでしょうかねえ? オタクなんて言葉が出来るか出来ないか、ぐらいの昔に。
もしかすると、「孤立」した「難民」たちを示す、新しい言葉が出来るかもしれませんね?
でも・・・ ここで言う「オタク」って、(美少女モノとかに萌える)男性のみ、って感じですよね。
オタク集団の一角を(おそらくは)占めている女性たち。特に「腐女子」と呼ばれるような女性(BLとかやおいとかを好む女性オタク、という意味で)については意識されてない、のか、な。
いや、もちろん、かつてと違って「BL」という言葉も出来、BLレーベルの商品もたくさん出回ってますけれど・・・
腐女子には強力な「腐女子フィルター」というものがあって、男性が2人並んでいれば、すかさず攻・受を想定(妄想?)するものらしい、んですが。(残念ながらわたしは腐女子度20%ぐらい(推定)なので、BLは読むけれどフィルタは装備してないみたいです)
この「腐女子フィルター」ってのが、つまりは、きむらさんのおっしゃるところの「消費の一メソッド」であり、「内在的なもの」(善かれ悪しかれ(笑))じゃないでしょうか。
・・・今のところ、BLレーベルで提供されたものでしか妄想できない「ライト腐女子」という「層」はあまり成立していないような?
(わたしの場合だと、誰かの作った二次創作は楽しんでもBLレーベルに手を出すことってあんまりないですしねえ。)
彼女たちがいる限り、オタクの「オタクらしさ」は保全されるような気もします。
まあ、「らしさ」のすべて、ではないと思いますけれど。いくらかは、ね。
またお邪魔します。
kimllaさん、あるんさんのコメントを見て思い出しましたが
「趣都の誕生」の著者の森川嘉一郎氏のWebテキストで
「オタクは常により“ダメな”モノへと向かう」という分析がありました
『TVまんが』が子供向けメディアとして「(いい大人が鑑賞するのは)ダメなモノ」
と認識されていた時代には一生懸命TVアニメを鑑賞し語り、そしてそれらが
『アニメ』という社会的に認められた若者向けメディアとして昇格したら
こんどは「更にダメな」モノ、美少女ものやエロゲへと向かっていく・・・・・
(あるいは「ダメな領域を志向する者」の事を“オタク”と呼称するようになったのか)
“不良と反抗の音楽”と見なされていた「ロック」が
“商業化されてポップカルチャーの一部として取り込まれて”行った結果、
更に濃い方向性である「パンク」のムーブメントにつながり
そしてそれさえも・・・・というのと同じなのかもしれません
そして、その過程の只中にある人間からは「ロックは死んだ」「パンクイズデッド」
と見える瞬間があるのでしょうが
実際は“変わらない文化的輪廻”を辿っているのかもしれませんね
お返事遅くなりましてすいませんです。
>あるん様
おひさです。
女性向けの場合はなんだかんだ言っても供給量が圧倒的に少ないですから、その分自分で楽しみを見つけ出すというスタンスでないと続かないのかなと思います。
男性向けの場合はともかく向こうから押し寄せてくる感じですから、流される人も多いんだろうなあ、とか思います。
>ぶり様
世間というか資本主義は基本的にカウンターカルチャーを見逃してくれませんからねえ。いつの日かそっとしといてもらえるんでしょうか。
※管理人のレスは遅れ気味です。どうかひとつ気長にお待ちください。
>オタク活動なんてのは基本的にコンテンツ消費の一メソッドであって、消費する対象によって定義されるものではない。
このテーゼ、あのオタキング岡田氏の著書「オタクはもう死んでいる」が話題になった時に
考えて、いつも言ってるんですが
どうも今ではそうじゃないらしいんですよ。
かつて(岡田氏が現役の頃)「オタク」の語が指す存在とその意味・定義は、その人の内在的なもの(精神)に拠って立つものでしたが
そういう判り難いもの・感覚的なもの・微妙なものは
「オタク」が社会的存在として表面化したときには受け入れられずにスルーされ、
「目で見て明らかにわかりやすい」事象がタグとして一般化しました。
つまり「要するに“深夜アニメ見てたら”“エロゲやってたら”“フィギュア買ったら”オタクだろ」と。
ここに「オタク」なる語の拠って立つ定義づけの基盤は内在的なものから
そういった表面的・(本来は)外在的なものに摩り替わり
今ではそれらによっていわば“逆定義”されるものとして「オタク」は社会的に存在しています。
現在、ネット等での言説に出てくる「オタク」の語の意味の多くはこちらの方にシフトしているのでは無いでしょうか。
そして又、それが「オタク」論を巡る世代間の意思疎通の齟齬(件の「もう死んでいる」論議なんかもそうだと思います)の原因にもなっていると思うのです。
かつて「オタク」とは、存在しない脳内の理想郷を基盤として不毛な世界に向き合う
一人一人の「精神のあり方」だったものが
その「理想郷」がある程度、現実世界の中の確固とした具体的な「領域」として存在するようになってしまった現在、
今度は逆にその「領域」の住人が「オタク」である、という“逆定義”される状態に。
・・・・なんだか「アメリカ建国の精神」みたいな話になっちゃいましたねw
いきなりの長文、どうも失礼いたしました