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記事No.[ 5084 ]

タイトル:オタクとして死なないために

作成日:2008年05月11日

カテゴリ:[Otaku]

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『オタクはすでに死んでいる』に関する言説まとめ
件の本は出た直後に読んだ。感想としてはまあ「岡田オタク史観の集成」ということ以上でも以下でもなく、各論についてはまあ賛成だけど総論としてはどうよ、というところ。オタクとはオレ価値観を以て世界を選択するイキモノである、というのが持論なんで、最初っから共同体なんてなかったんじゃ、本文中の例えを借りれば大陸なんてものは最初からなくて、無数の小島がいっぱい浮かんでいる海域、というのがオタクの世界の姿なんじゃなかろうか、などと思うのである。
で、リンク先に挙げられているネットの反応もまあだいたいこんなもんかなあ、という感じ。それにしてもオタクのルサンチマンて意外と根深いんだなあ。岡田オタキングが今は昔のガンダムハードSF論争の時の高千穂遥先生の立ち位置にいるっぽい、てあたりが見事に歴史繰り返しちゃってるよなー。

ただまあオタクがジャンル特化しつつある、て傾向は常々感じてはいて、それはそれでどうなのかなあ、と思うのも事実。なんというか、いろんな方向に対する間口をあんまり狭めちゃうと、面白いことを見逃しちゃうんじゃないのかなあ、などと思うのですよ。それはそれで損じゃないのかなあ、などと。

「今はアニメとかだけで手一杯だから全部を追いきれない」、という意見もあるし、それはそうなんだけれど、量的な意味でなく質的な意味での広がりは確保しておくべきなんじゃなかろうか。とりあえずCSぼっと点けとくくらいでも。

というのは今の所謂オタクが消費対象としているコンテンツというのは社会的・経済的に割と薄氷の上を渡っていると思うのですよ。制度や状況がちょっと変わっただけであっという間に世間から消えてしまうような事態も起こりうるわけで、そうした状態になった場合でも、はたしてオタクでいられるか。自分がオタクとしてしか生きられない、と思うのならばそのあたりは考えておくべきだと思うんだけどどんなもんだろう。

そうやって「生き延びる」事こそが、オタクイズデッドに対する最も痛烈な「ノーデッド」なんじゃないのかなあ、などと思う次第である。

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