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記事No.[ 3959 ]

タイトル:二次創作ソースとしての『涼宮ハルヒ』には「欠落」が欠落している

作成日:2006年04月24日

カテゴリ:[Otaku]

コメント:10

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http://home.att.ne.jp/wave/applepop/#200604-21
行きつけの田舎の書店で山積み気味だった文庫本が、アニメが始まった途端にハけた涼宮ハルヒシリーズが同人的なジャンルとしては成立し辛いのでは、という話。確かにそう思う。理由もだいたい上のリンク先エントリに書いてあるとおりなのだけれど、補足と言うか蛇足というかを以下つらつらと。

まず 二次創作というのは基本的に「隙間埋め」の行為だ。アニメやゲームの本編中では描かれなかった部分、日常生活の機微からナニの時のアレな声まで、そういったものを妄想という名前のシミュレーターで再現する、とでも言うべきものだ。だから基本的にその「隙間」が少ない作品の二次創作は成立し辛い。
では「隙間」というのはどういことか。それは世界の「間口の広さ」と言い換えてもいい。
たとえば、上の記事で比較対照として上げられている『マリアさまが見てる』を考えてみよう。この作品は、いわゆる「立っている」キャラクターが多数登場し、そこにファンが各々の物語を構築するための切り口が存在している、というのは指摘どおりだ。
そしてもうひとつ重要なのが、この小説の世界設定が非常にプレーン、ぶっちゃけて言えば極めてベタである、ということだ。

裕巳や祥子といったキャラクターは、読者的な視点からいえば物語の登場人物だ。だが、物語の世界側から見た場合はどうか。彼女達は「リリアン女学園」という女子学園に通う一介の女子生徒にすぎないし、その女学園も社会的なシステムからみればから見れば、我々が生活する日本(に近いと思われる場所)に存在するごくありきたりの学校に過ぎない。
であるからこそ、読者は作品内に描写されていない部分、いわば世界の欠落を自らの体験や常識で容易に埋めることが出来得る。
小説には書いてないけれど、きっと裕巳や由乃は休日には買物くらいでかけるだろうし、祥子様や聖様だって、学校では毎日昼食を取っているはずだ。そういったいわば「埋めやすい世界の欠落」部分に、二次創作を成立させるための余地がふんだんに存在する、ということは説明するまでもなかろう。

では片や『涼宮ハルヒ』シリーズはどうか。
この作品のキャラクターはご存知のとおり、これ以上立つなというくらい立ってはいる。だが、もうひとつの二次創作の重要なファクターである世界の方に大きな制約をしょっている。
このシリーズは基本的に語り手であるキョンの一人称だ。しかもキョンは語り手に徹することなく、自らの主観をくどいほど主張する。「キョンの視点」がなければ作品自体が成立しないほどに。
そう、この作品は学園(その他)を舞台にしたストーリーでありながら、実は事実上キョンという1人の人間のインナースペースの物語というものすごく閉じた、ある意味「完全な」世界の物語なのだ。そこには読者が介入する余地はほとんどないといっていい。
アニメ版がこの作品構造を引き継いでいる、というのも原作の雰囲気を忠実に再現しようとすれば、そうせざるを得ない、という判断からだろう。
もし読者がこの作品世界に介入しようとすれば、このキョンの視点にシンクロするしかない。それはうまくいってもオリジナルの劣化コピーになる危惧があるし、失敗すれば原型を留めなくなってしまう可能性が高い。この作品は二次創作のソースとしてはことと左様に扱いが難しいのだ。
キャラクター互換の18禁だったらどうにでもなる、て話はさておいて。

同人ジャンルとして成立しやすい=二次創作が作りやすい作品というのは、作品としての質と同時に、『マリみて』と同様の「埋めやすい世界の欠落」を兼ね備えている。
マルチシナリオのギャルゲーはもちろん、元々プレイヤー自体が欠落した「世界の一部」であるところのMMORPGなんかも優秀な二次創作のソースだろう。
逆に『涼宮ハルヒ』シリーズのように、受け手が欠落を見出せない作品というのは、二次創作のソースとしては難しいのだ。

むろん、このことは作品自体の優劣に繋がるものではないし。そうなることが、特にコンテンツホルダー諸兄的に喜ばしいことかどうか、というのは微妙なところではあるかとは思うのだけど。

長々と書いてしまったけれどこのあたりって「売れ筋」に敏感な一部の同人関係者の方々にはきっと常識の範疇であるんだろうなあ。
とりあえず冬は「キミキス」で決まりっすか先生(←誰だよ)。あと「ときメモオンライン」も意外とイケそうっすよ先生(←だから誰)。
いやまあ人気とは別の怖さがあるけどな>TMO

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オズマ さんのコメント April 26, 2006 10:47 AM

正直一言で言うと

「そんなこと言われても」

とくもと さんのコメント April 26, 2006 07:26 PM

ハルヒは視点を変えるという形での二次創作の可能性はあるけど。(唯一、主人公として視点キャラ化しにくいのはハルヒ本人)例えば長門有希視点、みくる視点というのはありえるし、推理小説でおなじみの視点キャラが知らないBLACKBOXが物語上の鍵を握るストーリーを構築できるし、ゲストキャラを他の物語から引っ張ってくることで成立する物語もありえる。例えばルーシーマリアミソラがこの世界にいればどうなるのかとか。

あるん さんのコメント April 26, 2006 09:36 PM

まったくの素人&部外者な疑問なんですが・・・

「ジャンルとして成立する」ほどに、二次創作人口なりが増えなきゃ「ならない」理由とか、そのメリットとかあるのでしょうか??
好きだったり、ファンだったりするのに、仲間が多くなきゃならないってものなのかなぁ?

なまじ、「二次創作に向いた」形状であるがために、原作を読まない/見ない/遊んでないetc.で、二次創作だけする人が多いというモノもありますよね。
二次創作ソースとして、であれば、それこそ設定資料だけあればOKなわけで・・・ 
「設定資料と付属エピソード集」以上(プラスマイナスどちらの方向にしても)のものを作れば作るほど、「二次創作ソース」としてのポテンシャルは下がっていくのじゃないかなぁと思ったりするのですが。
そーゆーものでもないですか??

千歳 さんのコメント April 27, 2006 08:40 AM

そうはいいましても、マリ見てって今の男性向けの中でもかなり特殊なジャンルではあるんですよね…
それとくらべられましても、ってところはあるのではないでしょうか?
あと、ハルヒはキャラクターフォーマットがしっかりしてて、キャラ設定・性格の要点を抑えればかなり自由に動かせる素材です。
現にオリジナル原作の作りはそうなってます

高校という舞台枠さえ抑えられれば何でも出来ます。エロネタさえも。

kimlla さんのコメント April 27, 2006 10:08 AM

色々なご意見どうもです。
上記のエントリでちょっと言葉足らずだった部分を補足させていただきますと、まずハルヒ二次創作に関しましては「できない」と言ってるわけではなくてあくまで「書き手として扱いづらい」ということなのです。
何というか、「オリジナルの原型を保ったまま俺流をどこまで突っ込めるか 」の敷居が高いと申しましょうか。

パスティーシュみたいのを書くのであれば、そんなに難しくはないと思うのですが、じゃあそこから先のバリs−ションを広げられるか、という段になると辛くなってくるかな、と。
これはハルヒに限ったことではなく、癖のある主観描写がメインの作品全てに言えることだと思います。

もちろん作者の方の力量に依存する部分ではあると思いますので、一概には言えないということは重々承知しております。

あとは、ちと考えをまとめて稿を改めさせていただきたいと思います。すいません。

kimlla さんのコメント April 27, 2006 10:12 AM

>あるん様
二次創作ってのはまあ何というか、世間に対する浸透度のバロメーターみたいなもんがあるんで、ないならないでさびしいもんなんです。「ひょっとして世界でこれ好きなのオレだけ?」みたいな疎外感に陥る、とでも申しましょうかw。
そのへんはまあ割と複雑な感情ではあるのは確かですねえ。

hoduz さんのコメント April 27, 2006 11:02 AM

思うのですが『2次創作をし辛い』という事と、実際出てくる作品数はあまり関係無いのでは無いでしょうか。

とりあえず絵を描いてみたくなるキャッチーさと、熱烈にハマる人はハマるキャラクターや世界、amazoの販売数等に裏打ちされた「売れてる」加減を考えれば、結構増えるんじゃないかと思います。

同人誌が増える増えないの話じゃなく「好きになった作品で色々妄想して楽しみたい」欲望がなんか満たされないんだよなあ…。
でも、批判的な意見はアンチ扱いされそうだし、実際面白いと感じるから言う程の事でもないし。

って事ならなんとなく分かる気がします。

物体X さんのコメント April 27, 2006 10:23 PM

>「オリジナルの原型を保ったまま俺流を(ry」
男性向けの場合はあまりないかと思われますけど、女性向けの場合は原作にないネタを書くと「原作破壊」として叩かれる場合もあるというから始末悪いんですよね(・∀・;

ちょっと「俺流」ネタを入れただけで
「公式ではこうですよー。あ、よかったら公式資料送りましょうか?」
っていらぬ「ご注進」してくる人がいたり、SSとかでキャラがため息つく描写があっただけでも
「あのキャラは溜息なんてつきません!」
なんて作者に食ってかかるがいたりするらしい、って聞いたことが(苦笑)

あるん さんのコメント April 29, 2006 12:46 AM

>kimllaさま
 レス感謝です。なるほど。
 こういった対象になるモノにそれほど思い入れが無いほうなので、「なーるほど」としか言えませんが、まあ、わからないでもないような。
 (通常なら、こういうことをわざわざ追加コメントしないんですが、物体Xさまにコメントしたくて蛇足ながら。以下、本題とはかけはなれてますが、ごめんくださいまし)


>物体Xさま
 ええと、当方女性につき「女性向き」はけっこうネット上で読んだり見たりするんですが、その大半は「すでに原作とはほとんど関係が無いのでは」というモノのような気が。(^^;;(わたしは原作に思い入れが無いので面白ければ何がどうであろうと構わないんですが)
 女性の方が口うるさい人が多いの・・・かな。(笑/わたしも「気になる」と、ついコメントしてしまいますし)
 逆に言えば、男性はそういうことないんですか?それもまた、他人の作品に無関心なようでつまらないような気もしなくもない・・・かなぁ。
 これは「性別による、ファン活動形態の違い」とか、そんな話になりそうですね。わたしにはテーマが大きすぎて、手に負えませんけれど。

bankrupt credit さんのコメント April 30, 2008 01:37 AM

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