だ☆めーづ
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記事No.[ 2840 ]

タイトル:『正しく』あるために

作成日:2004年11月15日

カテゴリ:[Otaku]

コメント:4

トラックバック:0

今日本で一番HOTな30代男性が、ロータス・エリーゼのオーナーかつ趣味がクラカメという相当に濃い目の方なのにも関わらず、夕べのEz!TVはまたオタクがアレでナニな内容だったようでというか1分見て別に新しい切り口なさそうだったからPowerVCR落としてラグナロク始めて正解だったようでというか。
そもそもこの手の『情報』番組の趣旨てのは、メイン視聴者層の価値観を全肯定して安らかに惰眠をむさぼれるようにすることだろうから、予定調和という言葉以外にコメントすべき事は何もなかろう。もちろん事実誤認や、明らかに恣意的な表現はきっちりと指摘しておくべきだと思うけれど。
件の番組で全てのオタを量ってもらっちゃ困る、そういう趣旨の反論は今回に限らずネットで繰り返される。それは正しい。そう主張するのは圧倒的に正しい。

で、だ。

そう言う自分達は果たして他者に対して『正しい』んだろうか。
あっちの国やそっちの民族、あんなネトゲやそんなアニメについて語る時の情報ソースが、Ez!TVと同じレベルでエディットされたものじゃないの?というクエスチョンマークを常に意識できているんだろうか。

先日、『アメリカ大統領選挙の結果と知能指数の相関関係』という捏造(つーかネタだよな)データがネットのあちこちで話題になった。これなんかまさにコンセプトとしちゃ件の番組といっしょ、ブッシュ支持層の人たちに対する『ある種の』価値観を肯定するようにエディットされたものだ。そしてそれを信じた人たちがいた。正直に言うとオレもちょっとだけ信じた。
また、『新潟の地震におけるマスコミ報道の実態』なんて話に現場の方から反論があった、なんてことも記憶に新しい。
要するにヒトなんてのは自分自身の考え方を肯定してくれるようなデータは無批判に受け入れてしまう、そんなもんなのだ。

だから『自分の考えを補強してくれる情報』というものほど実はよく吟味する必要がある、そう思う。一般人がオタに向ける視線を不当だと思うのなら、自分達が不当になるべきじゃないだろう。
むろん人間は感情の動物、そうそう常に冷静にものごとを判断できるもんじゃないけれど、錯誤を減らしていく事はできるしそうしていかなきゃいかんと思う。
そうすることがたぶん地獄への道に石を敷かない事に繋がるのだと思う。
以上、自戒を込めて。

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記事[ 『正しく』あるために ]へのコメント
らすく さんのコメント November 17, 2004 01:48 AM

この内容って多分、自分が少数派に属していないと生まれない考え、なんだと思う。
(私は一般的なオタ認知の中でも下層のほうである、ギャルゲオタですけど)
多数派にいる人は「それが当たり前」で、その「常識」が報道・伝達されているわけだから、疑問に思うほうが難しいのじゃないかな。

その上で、何かをこき下ろす情報が人に受け入れられ易いのは、イジメなんかと一緒で自分が何の努力もすることなく、他人への優越感をえられるからでしょうけれど、これはどんな人でも少なからずもってますよね。オタはオタで見下してる対象がいるわけだし。
お釈迦様でもない人間が、悟りを得るのは難しいかと。^^;


で、以下は個人的に思うことをつらつらと。
イメージを変えたければ、何よりもまず自浄努力と一般化を目指し、多数派たることが必要だとは思うのですが・・・
果たして、一般化を目指したオタ文化が私にとって楽しいものであるかどうかは甚だ疑問です。^^;
市場に商品を投入しているメーカも、それを享受しているユーザーさんも馬鹿さ加減を楽しんでる風情がありはしませんか?
ギャルゲは根本的なところでバカゲであって欲しいし、それ故に世間の冷たい視線もやむなしと考える私のような人間は、少数派なのですかね?

kimlla さんのコメント November 18, 2004 11:32 AM

ども。所用で午後出のkimllaです。コメントとどもです。
>この内容って多分、自分が少数派に属していないと生まれない考え、なんだと思う。
そうかもしれません。そして、それが非常に怖いところでもあります。そういう情報のエディットに対する疑問を世間の大多数が持たない、ということは正しいとは限らない『空気』を実体化させてしまうことに繋がります
もちろん完璧である事は誰にもできませんが、慎重であることはそれほど難しくないと思います。
特にリアルでは『少数派』であるオタがある程度のマジョリティを形成しているネットでは、そういう情報のあり方を意識しやすいと思うし、また、意識して発言する事によって、『空気の実体化』に対する(微々たるものまもしれませんが)抑止力たりうるのではないか、などとつらつら思ったりもしています。
ただ、オタクってそこまでマイナーなのか?って気はしますが。昔はともかく、今は少なくとも経済圏をひとつ形成してるんだからメジャーとは言わないけれどそこそこ社会的な存在じゃねえのかと思うんですけどね。
あと趣味は突き詰めると全て社会と相容れなくなります。よくオタと対比されるファッション系ですが、気合の入ったストリート系のあんちゃんなんか、オタファッションと同レベルで反社会的だと思います。もちろん、悪い事ではありませんが。

らすく さんのコメント November 19, 2004 08:45 PM

お返事を頂き、ありがとうございます。


>ただ、オタクってそこまでマイナーなのか?
当然個人的な見解ですが、オタが社会的にメジャー入りできない根本的な原因は、社会的には普通に振舞っている「潜在オタ」が多すぎるためだと、思ったり思わなかったりですね。
「私は社会性のあるオタです」って言ってる人は、ほとんどが社会的には「普通の人」でしょうから、世の中で目に付くのは覚悟完了したオタたちがほとんどになります。痛い人の占める割合はかなり高くなるのではないでしょうか?

TVで見るオタが痛すぎてイメージダウンしてるって私の友人は言っていたけれど、だからと言って自分がオタだとカミングアウトして意見を言うことまではしないです。(私もカミングアウトするつもりはないです)
何が言いたいかといえば、「本当に世の中のイメージは偏見なのか?」なのですけれど。
なかなかに表に出るのは難しいですよね。


以下、戯言の追加。
セカチュウってドラマが人気だった時期がありました。
あれって基本路線は泣き中心のギャルゲと変わらないのですが、だからと言ってヒロインが「うぐぅ」って口癖をもっていたりしたら、そもそも受け入れられたのかどうか?
そこら辺が一般性を持てるかどうかの境界線なのではないかな・・・

確かにどんなものでも突き詰めればオタ足り得ますし、付き合い難い人間になることに何の違いもありません。
が、イメージの違いは突き詰めたものが何であるかだと思われます。

私は、一般人がやったら偏見を持つくらいの毒(萌えとかの売り)をもった作品が好きなので、TV見ながらもそんなものだよなぁと感じてしまいます。^^;

kimlla さんのコメント November 21, 2004 03:45 PM

どもです。
ここんとこオタ晒し番組がボコボコ出てきてのには、『周囲に誰が消費してるかわからない、自分たちの価値観とは相容れないカルチャーが蔓延してきている』、という一種の社会不安があるのだろうと思います。それはおっしゃるように『隠れオタ』の多さの所以でもありましょう。
そういう意味で、オタクはメジャーであり、マイナーでもあるんですよ。たぶん。
世間に膾炙しているオタのイメージというのは偏見は偏見でしょうね。きっとそれを信る人の世界では女子高生は全員援助交際をしていて、若者はみんな何かあったらキれて、銀行員と公務員はみんなサボりとゴマすりで甘い汁を吸ってるのでしょう。
馬鹿馬鹿しい事おびただしいですが、それでもそれが一部ではあれ、『事実を含んでいる』ということは認め、自覚する必要はあるでしょうね。
じゃあどうしたらいいか、と問われても『言いたい奴には言わせとけ』ってぐらいしか今のところ言えませんね。そのうち、上にあげたような社会不安が消えれば自然に消えてなくなります。
世間はひとつのイジメ対象ににいつまでも構ってるほどヒマじゃありませんから。


※禁無断転載(著作権法に定められた引用の範囲を除く)。