タイトル:博士はどこに消えた |
作成日:2004年12月15日 |
カテゴリ:[Objection] |
コメント:4
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先日の報道によれば、小中学生の理科・算数といったいわゆる理系学科の学力の落ち込みが深刻、とのことで、他の強化とあわせていわゆる「ゆとり教育」から早晩方針転換がなされるらしい。『それ見たことか』としか言いようがないのだが、何にしても後手後手の朝令暮改につきあわされる当の子供たちには同情を禁じえない。
で、この理系学力の低下という事態をつらつら考えてみるに、そういえばこのごろ「科学者」を目にする機会がなくなったよなあ、ということに気付いた。
ちょっと考えてみて欲しいのだが、我々が『科学者』といった時に頭に浮かぶのはのはどんな人だろうか。
もちろん今現在、科学や技術の最前線にいらっしゃるような方々はそれぞれの分野で業績を上げている人物を思い描くであろうが、そうでない人たちのがすぐに思い浮かべるのはお茶の水博士であり、弓教授であり、また人によっては死神博士だったりしないか。
そう、実は我々の「科学者」はかなりの部分がイマジネーションの中の住人なのだ。そして、ふと気付いてみるとそんな「科学者」はいつの間にかほとんど姿を消している。
もう、あのよくわかんない「研究所」でよくわかんないフラスコを振ったり、よくわかんない設計図をひいたり、よくわかんない数式を解いたりして何かスゲエものを作ってくれる人たちはいなくなってしまっているのだ。
2004年のスーパーヒーローの力の源は天才科学者の改造手術ではなくオカルトめいた古代のパワーだし、2004年の巨大ロボットを創ったのは天才科学者ではなく軍隊や軍需産業だ。
かつて空想世界の主として君臨していた科学はもはや「魔法」と「産業」に飲み込まれてしまっているのだ。そしてそれは現実の反映でもあるのだ。
現代の科学は遺伝子工学・ナノテク・電子工学といった肉眼ではとうてい視認することのできない世界をコントロールする。それは、クラークが言うところの「魔法にしか見えない」充分に発達した科学であり、さらには商利用のための巨大なプロジェクトの構成要素の一つにすぎない。
そういう見えないところに行ってしまったモノに対して積極的に興味がもてるもんだろうか。それを学んだ先にある物が見えないようなモノに、今のシビアな子供たちが関心を持つんだろうか。
この理系の学力の低下が報道されているとおりだとすれば、日本の国力の深刻な危機であり、早急に策を講じるべきであるといえる。
それにはまず、『科学』というものが何を為せるのか、そして科学の道に進む事でどんな未来が拓けるのか。その事をはっきりと提示する必要があるんじゃないだろうか。
そうでなければ、どんなに学習指導に時間を割こうが、状況が大きく変化することはないと思う。
とりあえず、ガンダム博士が発見したウルトラガンダムエネルギーで動くグレートインパルスガンダムとかをSEEDに登場させてみてはどうだろう。
「シン君!まだそのガンダムブースターはテストしていないんだ!」
とか。
エラい人たちが思うほどには子供たちはバカじゃないと感じます。科学に興味を持たなくなったのは、科学の最先端の現場と、そこで働くひとの姿を(空想の中であれ)見ることがなくなったからではないか、という気がします。
だから、例えば種子島でロケット打ち上げる現場を見せてみたらどうかと。素養のある子供は、そこから何か見つけてくれるでしょう。
コンピュータ産業やナノテクあたりになると簡単には思いつきませんが、同じ内容でもテレビで見たりするんじゃなくて現場の工場・研究室で話を聞くのとでは、インパクト違うと思うのですよ。
ともあれ、好奇心を知識欲に変えるのは現場を見るのが一番じゃないかなーと。難解なのを「わかりやすく」なんて考える必要はなくて、もうありのままを見せてあとは自分で調べてみろや、くらいの突き放したやり方で。
もう授業でペットボトルロケット飛ばしている場合じゃないだろうと。火薬を使うモデルロケットのほうがインパクトあるし、学べることも多いと思うのですが。
ゆとり教育もバブル全盛のまだ日本にいろいろと余裕があった頃に実施されていればそれなりに功を奏したと思うのですが、よりによって世間がどん底にあえいでる時に実行しちまったからなあ。
いや学校教育ってのは基本的に子供を社会の一員とするために施すものなんだから、社会全体のあり方を考えずに教育だけいじったってどうしようもないと思うのですがねえ。
個性がどうの言うんだったら、まず文科省が一芸採用でもやるべきだと思うのですが。
あとそれから教育問題を語るとき不思議なのは、「自分たちが子供の頃どうだったのか」ってあたりがなぜかすっぽり抜けることですね。
そういった問題を検討する方々は、今現在そこもとの社会的地位を築いているわけで、その自分たちが子供の頃どうしてったのか、てのを考えればそうそうトンチキな施策が出てくるわきゃないと思うんですが。
何にしてもやっぱり一番かわいそうなのは失策をあてがわれた子供たちでしょうね。これから社会全体で彼らに対するフォローをしなきゃいかんのでしょうね。
迷惑な話ですが。
個人的に科学者で想像できる人って、なぜか全部創作物の中の人っぽいイメージがあったりします。
バイオ怪獣作っちゃう人なら生物学者(博士)や化学者とか名乗りそうで、メイドロボ作るなら電気色の回路屋や図面引ける機械屋で工学博士(工学者?)とかでしょうし。
そもそも、科学ってどの分野が指されるのか明確に想像できないのも原因かもですが。。
※管理人のレスは遅れ気味です。どうかひとつ気長にお待ちください。
でも、「勉強だけ出来る人間は要らん」とはじめた施策を、勉強できなくなったからやめるってのは、じゃ一体何がやりたかったんだよ、と言う感想を抱くのですが。
勉強ダメになったけど、こんなに心が豊かになりました、とか、こんなに社会性身に付きました、とか、(或いは、そうなってないとか)そう言う調査やらなきゃ意味無いんじゃ…