タイトル:『俗・さよなら絶望先生』の「原作通り」っぷりについて |
作成日:2008年02月18日 |
カテゴリ:[Films] |
コメント:2
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リリキュアほんとにやったのかよ、とBS-11での視聴なはずなのに何故私は知ってるのでしょう、という謎を提起しつつ(解かなくてもいいです)、毎週楽しみに見ている『俗・さよなら絶望先生』である。
このアニメ、個人的にすげえと思うのはまず原作を読んでいない視聴者に訴求することをほぼ放棄している、という一点。なんつーかギャグは狭い範囲を相手にする方が面白い、という大原則を実践してる、というか。まあいわゆる深夜アニメで原作を知らないでアニメから入る、て人もそうそういなさそうだし、元々原作からして割と人を選ぶ作品だし、DVD&関連商品を確実に買ってもらう、て意味ではこれはこれで正しい選択なんだろうなあ、とは思う。
もうひとつ、すごいと思うのはちゃんと「原作通り」を通っているよなあ、という一点。脚本が一期に比してより原作に忠実になった、ということはまずあるのだけど、それ以上にいわゆる実験パートの「原作」っぷりには感服せざるを得ない。そう言うと「オイオイ」とか、某17歳さんのステージネタみたいな反応が返ってきそうだし、実際に感想をネットで見て回っても賛否両論のあるやり方である。
でもこれ「原作通り」なんである。どのへんが、と言えばスピリットとかソウルとか、業界っぽく言えばコンセプトとか。そういう風に言われる部分において。
原作の『さよなら絶望先生』の魅力のひとつにそこまでやるか感、というべきものがある。「それ出版コードギリギリじゃね」「芸コマかいけど何人わかるんだよ」みたいな、いわばストーリーじゃなくて作品そのものがハラハラドキドキな感じ。ポロロッカ語も声優シャッフルも藤吉さんかわいいよ藤吉さんも、そういった部分を実に「原作通り忠実にトレースしていると思う。
原作の絵柄とかそういう表の部分だけでなく、読後感/視聴感といった感覚の部分までもちゃんと落とし込んでいる、という意味ではほんとうに「原作通り」と言い切れる作品である。
気づけば二期も半分を越えた。これからどんな「原作通り」になるのかを楽しみに見て行きたいと思うしだい。
あの萌え路線はどうも誘い受けのような気がしてなりません。
ただ原作まんまで動かしちゃうと、ほんとに単なるサブカル(笑)アニメになっちゃうんであれはあれでしょうがないかなあ、とも思います。
※管理人のレスは遅れ気味です。どうかひとつ気長にお待ちください。
あまり熱心な読者、視聴者でないのですが、
原作はオタ的萌に対して、つねに距離を置く「照れてひねた感情」がつねに
意識される状況にあって、逆にアニメ版はそこが直球な分、商売としては
アリだけど、裏返ってない?という印象を受けたりします。