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記事No.[ 4563 ]

タイトル:鬼太郎、森を出る。

作成日:2007年04月16日

カテゴリ:[Films]

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泉谷しげるの「ゲゲゲの歌」って妖怪が妖怪ソングを歌っちゃいかんよなあ、とかなり失礼なことを思いつつ5度目の『ゲゲゲの鬼太郎』を楽しく見ている。

今回は数えて5回目のリメイクとなるが、かのねずみ男に一本紹介エピソードを割り当てるあたりかなり徹底した(本来の意味での)リストラクチャリングを敢行しよう、という意図が見える。その中でも、特に大きな改変ポイントは猫娘の萌え化、ではなくて『ゲゲゲの森』を廃したことだろう。見てないかたのために説明すると、今回の鬼太郎は仲間ともども「妖怪横丁」という昭和を思わせる街並の一角に居を構えている、という設定なのだ。
まあ確かに今どき「ゲゲゲの森」ライクなうっそうとした森林などというのは、子供達には馴染みの薄い設定であり、そういう意味で設定の改変は順当ではある。
だが、同時にこれは「鬼太郎」の世界観にとって、非常に重要な意味を持った変更でもあるのだ。

本来「鬼太郎」というか、水木しげるの描く妖怪というのは、自然、というよりも人類の文明によって追いやられた原初の住人たち、といった性格が色濃い。そもそも鬼太郎にしてからが、その出自は「幽霊族」という人間に滅ぼされた一族の末裔だ。だからこそ彼らは人間の手が及ばない深山にひっそりと暮らさなければいけなかったのだ。
そんな彼等が「街」に住むようになった。これはとりもなおさず妖怪たちが人間に対するものではなく、人間社会に同化した存在となった、ということなのだろう。森が消え、街から夕闇すら消えた今、妖怪は「人間社会」という巨大な闇に潜まざるを得なくなった、ということなのだろうか。
もちろん、いわゆる怪談ばなしが『新耳袋』発『リング』『呪怨』経由の「都市伝説」方面にシフトしてきているという事情も大きいのだろうが。

いずれにしろ、これは「鬼太郎」という物語にとって非常に大きなパラダイムシフトといっていいだろう。これが凶と出るか吉と出るかは今のところ未知数ではある。このへんは「平成ウルトラ」をまとめ上げたシリーズ構成の長谷川圭一のお手並み拝見といったところか。

思い起こせば、始めて鬼太郎がブラウン管に登場した頃の「自然破壊」というのは実にわかりやすかった。工場はモウモウと煙を上げ、バシャバシャと色とりどりの排水を流していた。
いまや有毒物質は一見澄んだ空気や水の中に潜み、我々を体内から食い破ろうと虎視眈々と狙っている。まるで、かつての人が空想した魑魅魍魎の如く。

そういう時代に森から街に移り住んだ鬼太郎は、いったいどんな鬼太郎になるんだろう。
楽しみでもあり、不安でもあることよなあ。

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