タイトル:ちょっと思ったこと |
作成日:2009年08月20日 |
カテゴリ:[DayInTheLife] |
コメント:2
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チラシの裏というかポエムみたいなもんなんで。
貧困って洪水みたいなもんだと思う。
だんだん下のほうから上がってきて、いろんな理由で最初から低いところにいた人や、脚力が弱くて早く走れない人や、転んだり滑っちゃった人から飲み込まれていく。
今無事な人だって、いつぬかるみに足を取られるかわからないし、脚力以上に水の勢いが強くなったり鉄砲水が出てしまえば、すぐに放り出されてしまう。
そのうえ水の流れなんていつ変わるかわからないんだから、今現在いるところが安全地帯だったとしても、未来永劫安全だという保証はない。
山の上の高台に住んでる人もいるけど、そこに行くにはものすごい脚力がいるし、スペースが狭いからたどり着ける人なんかはごくごく少数だ。
そして世の中の大多数の人は、足元に水が迫ってきてるような状態にいる。
そんな状態なのに、なぜか堤防を作ったりおぼれたりする人を救うのは無駄だからやめろ、という人がいる。それもいっぱい。
そしてどんな事情で溺れてるのかもわからないのに、そんな人たちは一生懸命走らなかったのだから、と決め付けてあざ笑い、石を投げる。
自分だっていつ足を滑らせて転げ落ちるかもしれないのに。年を取って脚力が衰えたら確実に追いつかれるのに。若くても何か抱えなきゃいけない荷物ができて、脚力が鈍るかもしれないのに。
そういう人たちは自分が水に落ちたとき「自分が走れなかったのが悪かったんだ」と納得して水の中に沈んでいくんだろうか。
しかも、水が引く可能性はほとんどゼロなのに。
たぶんこれからも落ちる人や最初から水の中に生れ落ちる人たちもいっぱい出てくるだろう。そんな人たちがなすすべもなく沈んでいくような世の中が「そういう人」の理想なんだろうか。
そうだとしたら、そういう人が大多数を占めてるのだったら、それは無職やニートと呼ばれる人たちが増えるより、よほど未来を暗くする道のように思える。
ども。遅くなりました。
ずっと思ってるんですが、この手を自己責任自己責任言う人は自分が永久に必要とされる、ってなんで信じられるんでしょうかね。
ほとんどの作業要員なんて会社にとっちゃ交換可能な部材にしか過ぎないのに。
まるっきり他人事に見られる神経がよくわからないです。
※管理人のレスは遅れ気味です。どうかひとつ気長にお待ちください。
全く同感です。20年くらい前まで、低地に居る人間でも何とかなったのは
日本経済が成長していたから、高台のおこぼれでもやっていけただけです。
この先、良くて縮小均衡の未来予想図ではそんなことやっていたら、高台の住人も巻き添え。
彼ら気づいているんでしょうかね?自分達の地位は、低地の住人が居るから実現しているのを。
下の層が全く存在しない、宙に浮いたピラミッドが出来るとでも?