タイトル:しあわせな人たちに |
作成日:2008年06月09日 |
カテゴリ:[DayInTheLife] |
コメント:4
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例の秋葉原の事件でちょっと思ったこと。
まずは被害者の方に心から哀悼の意をささげます。そして怪我を負われた方の一日も早い快癒を願ってやみません。
ということで本題。あんまり気持ちのいい話ではないよ。
どうもなんかまたオタクバッシングの流れになりつつあるようで溜息と力ない笑いしか出てこないんだけれども、まあこれが上手くいくにしろいかないにしろ結局は犯人が何らかの「異常」を抱えているから事件が起こった、という風な形で世間的には収斂していくんだろうな、と思う。今までがそうだったし。世の中というのはきっとそういうもんなんだろう。
そしてこの見方を容れる、ということはこういうことを為す人物をいわば「異界」へと放逐することだ。
自分とは異質の存在、相容れない存在とすること、そして自分はけしてこの「異物」と同じものではないということを確認して安寧を得る。多くの人々はこういうメソッドで心の平安を手に入れるのだ。
けれど自分はこのメソッドを受け入れることはできない。
犯行は唾棄すべきもので、犯人には一片の同情の余地は無い。あの場で脳幹をブチ抜かれてしまえば良かったのに、とすら思う。けれど、犯人を「異物」として排斥することはできない。それは自分の中にも犯人と同じ「もの」があると感じてるからだ。
これを読んでくれてる方の中に他人に本気で殺意を覚えたことがある人、というのはどのくらいいるのだろう。多いのか少ないのかは不明だけれども、少なくとも自分は二度ならず経験がある。
中でも、十年ほど前の深刻な金銭トラブルは本気で計画を練ろうか、というところまで追い詰められた。あそこでそっちの方向に踏み出さなかったのは、間に立ってくれた人や友人知人、あとはまあつまらない話だけどどうしてもプレイしたいゲームがあったから、とかそんなこんなの細かな(たぶん)幸運な事情が積み重なった結果に過ぎない。
そんな経験があるから、こういった事件の時に必ず出てくる「犯人はXX(特定の趣味・所属・社会的地位)だったからこんなことをやった」という物言いと、それを安易に納得してしまう人たちには問いかけたくなるのだ。
「あなたの中に、ほんとに『彼』はいないの?」
と。
もちろん、「自分はそんあことはけしてない」と言い切る人がきっと大半なんだろう。だからこそマスコミはそういった「真実」を送り続けているのだろう。
そういう人々はほんとにそんなことなんか思ったこともない健全で明朗な市民なのか、あるいはそういう考えにいたるまで追い詰められたことが無い人たちなのか、それはわからない。
もし後者だったとしたら、それはきっとしあわせな事だと思う。それを素直に羨ましいと思う。けど、時々は自問して欲しい、とも思う。
ほんとうに自分の中に『彼』はいませんか?『彼』がもし表に出たがってもちゃんとコントロールできますか?
『彼』はたぶんオタクじゃないから、日本人だから、リア充だから、そんな事に関わらず住みついている、と思う。
「自分は多数派だから正しい」と考えている人は大勢いると思います。
個人的には「多数派だと思い込んでる」ようにしか見えない人ばかりなんですが。
Mixiなんかで今回の件を指して「キモオタなんて何人犠牲になってもいい」
なんて文面を書いている人がいることも考えると、背筋が寒くなりますね。
ここでかなり前に読んだ記憶がありますが「アキバ系お断りの大学サークル」
なんてものもありましたねー。この国では「多数派=正しい、自分=多数派、ゆえに自分は正しい」と
間違った三段論法を駆使する人が多いけど、仮にそれが真実だとしても多数派であることは
自身の安全保障をもたらしていないように見受けられます。むしろそれが原因で苦しんでいるような…
なんというか「必死で多数派でいようしている」みたいな感じですね。まあ基本的にそのほうが生きるのはラクですからねえ。
あと被害者に対して「死んでよかった」みたいな事を言う人ってのは本気とかじゃなくてなんとなく他人と同じことを言いたくない、みたいな一種の中二病なんだろうな、と思います。たぶん後になって激しく後悔するんじゃないでしょうかね。
※管理人のレスは遅れ気味です。どうかひとつ気長にお待ちください。
最前、「エロゲで人格破壊」などとブチ上げた政治家もいましたが、そういう輩にとっては「それ見たことか!」ともなりますよね。
…と、それはさておき。
>自分とは異質の存在、相容れない存在とすること、そして自分はけしてこの「異物」と同じものではないということを確認して安寧を得る。多くの人々はこういうメソッドで心の平安を手に入れるのだ。
中世ヨーロッパの「魔女狩り」「異端審問」にも通じる「こういうメソッド」、洋の東西を問わずありますが、日本の場合は特に「異質の存在」を認めたがらない国民性がありますしね。
日本でのこういうメソッドは、江戸期の徳川幕藩体制によって確立されたわけですが…。